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末期がん余命3カ月から生還…小西博之の「勝利のV」

克服を想像して嬉し泣き

小西博之

 “欽ちゃんファミリーのコニタン”としても人気だった俳優・小西博之(49)。いかつい顔、野球で鍛えた屈強な肉体。末期がんで余命3カ月を宣告された経験を持つとは、本人を前にしても信じがたい。あれから4年、がんに打ち勝ったパワーの源は何だったのか。

 「僕はコレを『勝利のV』と呼んでるんです」

 シャツをまくし上げて見せた左脇腹。肋骨から背中にかけてきれいなV字の手術痕だ。

 2004年の12月、体調不良から精密検査を受けたところ左の腎臓にがんが見つかった。大きさは13センチ。周辺臓器も圧迫し、すい臓やひ臓はパンパンに腫れていた。末期がんだった。

 「医者から宣告をされてもピンとこなくて。事務所の人たちに『小西さん、死なないですよね』って言われて『えっ、僕死ぬの?』って。ちょっとだけ泣いた」

 「余命3カ月」という現実にどう立ち向かったか。

【野球部の教訓】

 学生時代、野球部で培われた「精神」に根ざすところが大きかったようだ。

 「高校の時、野球部の監督に言われたんですよ。『勝ちたいと思うな』と。『試合に勝つ』が目標じゃなく、勝った後、学校に戻ってみんなで大喜びしている姿を想像しろ、と。だから病気に勝つ、がんと闘う、なんて思っちゃダメ。夢の設定を楽しくないことに置いちゃいかんのです」

【徹子の部屋】

 「がんに勝つ」を目標にするのではなく克服した後の楽しい生活を想像するのが“小西的治療法”。それもより具体的であればあるだけいい。

 「僕は、手術後『徹子の部屋』に出るぞ、と決めたんです。黒柳さんはお世話になった先輩ですし。番組に出て『手術を乗り越え、こんなに元気になりました!』とね」

 毎晩風呂につかりながら、番組でどんな話をしようか、あれこれ考えると決まって涙が止まらなくなったという。悲しくて、ではない。がんを乗り越えた嬉し泣き。それだけ回復を信じていた。

 「でも1度だけ落ち込んだことがある。たまたまカレンダーをめくり手術の日を確認した時。それまで高いテンションで来たから、反動でズトーンと落ち込んでしまったでしょうね、自宅のリビングで3日間、号泣、泣きじゃくりましたよ」

 だが、泣き疲れて、芽生えてきたのは「脳が考えたことに身体が反応する。人間あきらめちゃいかん」の一念だったという。

【がんは贈りもの】

 手術から5カ月後、思いの通り「徹子の部屋」に出演した。転移もなく、医者も首をかしげるほどの回復ぶりだったそうだ。

 「がんが見つかったのが12月26日。手術が2月14日のバレンタインデー。僕はね、がんは神様からの贈り物だと思ってるんですよ。今、講演も行っています。『傷口ばっかり見せて』という人もいる。でも、僕のこの体験、思いは叶う、を1人でもいいから伝えていきたいんです」

 ■こにし ひろゆき 1959年、和歌山県生まれ。中京大学商学部卒。在学中にバラエティー番組の教師役に抜擢されデビュー。その後、「欽ちゃんの週刊欽曜日」で人気に。黒柳徹子と「ザ・ベストテン」の2代目司会者も務めた。現在BS「ウルトラギャラクシー大怪獣バトル」に隊長役で出演。来月11、12日、劇団「Koni」旗揚げ公演「嗚呼! 我が人生に悔いあり」を新宿・シアターブラッツで行う。クィーンズフィルムTEL03・3476・6900

ZAKZAK 2009/03/26

欽ちゃんファミリー

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