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ナゼ許された? 山城新伍さんを見舞ったアノ女優

ライター・吉田豪氏が語る

 今月12日に肺炎のため死去した俳優でタレントの山城新伍さん(享年70)=写真=は、映画からテレビバラエティーに進出し、成功したパイオニアだった。だが晩年は、破天荒なキャラクターや毒舌の芸風が敬遠され、表舞台から遠ざかったままだった。数々のタレント本の書評を手がけ、生前の山城さんも取材したライター、吉田豪氏が追悼文を寄せた。

 誰よりも酒と葉巻とセクハラの似合う男・山城新伍。そのデタラメでアナーキーな魅力に、ボクは完全KOされた。10年ぐらい前に「誰でも好きな人を雑誌で取材していい」と言われたとき、真っ先にインタビューに行ったのが山城新伍=同下=だった。

 会うなりボクがどれだけファンなのかを伝えると、喜んでくれながらも「だけど失言の類は森首相(当時)どころじゃないのよ」と言っていた。実際、このころは失言のせいで雑誌連載が突然打ち切られたり、テレビの現場でトラブルも多々起きたりしていたようだった。

 ボクが、やしきたかじんを取材したときも、番組収録で自分のギャグに笑わない観客に文句を言う山城新伍と喧嘩になって収録途中で帰ったこともあったせいで、「俺の共演NGは山城新伍だけや!」と言っていたし、ボクの知り合いの放送作家も山城新伍に理不尽な説教をされたとボヤいていた。

 つまり、仕事仲間には面倒くさいオヤジ扱いされるようになったり、さらには、このころから毒舌に対する風当たりがそれまで以上に強くなってきたりで、テレビの世界にだんだん居場所がなくなってきたというわけである。

 同時期には、花園ひろみと2度目の離婚。親友の梅宮辰夫も、松方弘樹も同じく病気になったり、結婚に失敗したりで、結果的には生き方をシフトすることに成功したが、山城新伍はそのままだった。試写会で壁に手をつきながら必死に歩いていた姿を目撃されていて、糖尿病も悪化していたのだろう。

 尊敬する若山富三郎、勝新太郎兄弟のことを書いた『おこりんぼ さびしんぼ』も一部で高く評価されたが、すぐ絶版になった。

 浅草キッド・水道橋博士が「今まで読んできた全タレント本の中でベスト」と絶賛し、版元の幻冬舎・見城徹社長に文庫化を直談判したのに却下されてしまった。

 豪快かつデタラメな若山&勝新兄弟みたいな存在が許されなくなった時代を山城新伍は嘆いていたが、許されなくなったのは、当時の自分自身のことでもあったのだ。

 この本がボクの解説&帯文で廣済堂から文庫化されたのは、去年の8月末。その直後に山城新伍の老人ホーム入所が発覚した。

 所属事務所を通して「どうにかお見舞いに行かせて欲しい」と頼んだのだが、それは実現しなかった。まあ、親友の梅宮や松方のお見舞いですら断っているぐらいだから、それも当然だろう。

 元夫人や娘とは絶縁状態だったけど、山城新伍の最後の恋人と噂された濱田のり子がワイドショーで「山城さん、大好きでした」と涙ながらに語っていたのを見て、正直グッときた。

 そして、亡くなる直前に、なぜか川上麻衣子だけはお見舞いを許されたと聞いて、そこは幻想を守りながら死んでいったような気がして、なんだかちょっとだけ気が楽になったのであった。

ZAKZAK 2009/08/24

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