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浅丘ら弔辞…大原麗子さん「お別れの会」(2)

【友人代表弔辞 浅丘ルリ子「拒否されても姉として受け止めるべきだった」】

 麗子、あなたとのお付き合いもテレビドラマの共演がきっかけで33年ぐらいになります。あなたは私の友達というだけでなく、私の家族全員の友達でした。

 「麗子を浅丘さんのうちの家族にして。一番下の妹にして」と言っていたように、私の両親や姉の最期にも立ち会ってくれました。特に父の最期には、ベッドに寄り添って「お父さん、お父さん」と、顔をなでてくれた優しい麗子を忘れません。

 人のためにも、自分のことにも、本当によく泣く人でした。結婚してからも、お正月を毎年私の実家で過ごし、よくしゃべり、遊び、食べ、楽しい日々でした。いつのまにか、お正月はもちろんのこと、お互いの誕生日、花火大会、おいやめいの結婚式まで、欠かせない人になっていました。

 そんなあなたともここ数年、何度も言い合いをし、けんかになって、距離を置いた時期がありました。夜中の2時、3時におかまいなくかかってくるあなたからの電話、長々と人さまや自分の不平不満を訴えるだけの一方的な長電話、こんなことが何回も重なると、あなたの声さえ聞いているのも辛くて、「もう麗子からの電話には出たくない」と思ったものです。

 私だけではなく、あなたを大切に慈しんでくれた身内の方、友人たち、すばらしい仕事仲間たちの好意を一切受け付けず、拒否し続けるあなたの気持ちが私には分かりませんでした。

 そんな去年の暮れ、転んで骨折したことを知り、食事を用意して妹とうちを訪ねたとき、あなたは玄関で私の顔を見るなり飛びついてきて、「なんで浅丘さん、すぐに来てくれなかったの。浅丘さんが来てくれるのずっと待ってたんだから」と、私と2人、尻餅をついたまま、怒って泣いているあなたの肩を抱きながら、私が思っている以上に深い苦しみを抱えて、傷ついていたのだと、麗子の心の内が見えた思いがしました。

 それから数カ月、突然の訃報を聞いて、ただ驚き、信じられず、まるで心の中に重い石を詰め込まれたような思いで、何も考えることができず、『どうして、どうして』と、つぶやくばかりでした。

 初七日に優しくほほえむあなたの遺影に向かったとき、私は「麗子のバカ」と思わず言ってしまいました。あんなにかわいく、優しかったあなたが、突然、頑固でわがままな人になってしまったのはなぜ。誰かれ構わず、怒りをぶつけていたのはどうして。

 なぜ、あなたは周りの人をこんなに混乱させたまま、逝ってしまったのでしょうか。何を聞いても答えてくれないあなたの遺影を見つめているうちに、写真のあなたの顔がくしゃくしゃとゆがんで、泣いているように見えました。

 その時、あなたの抱えていた病気が、1人でいる寂しさがどんどんあなたの心をかたくなにしていったのだと今更ながら分かったような気がします。

 あなたがどんなに私のことを拒否しても、姉として、あなたをちゃんと受け止めてあげるべきだったのです。優しく、後ろから背中をさすってあげればよかったんです。本当にごめんね麗子、ごめんなさい。

 今、こうしてあなたに話しかけている私は、もうなんのわだかまりもありません。私はあなたのあふれるほどの優しさ、賢さ、かわいらしさだけを思いだしています。どうぞ、おだやかに心静かに休んでください。私の妹、麗子へ。

【弔辞 森光子「素晴らしい方たちに愛されていたのね】

 本日は皆さまお忙しい中、暑さが残る中、大原麗子ちゃんのところに駆けつけて下さり、嬉しゅうございます。私が初めに(弔辞を読むのは)恐らく年齢順ですね。麗子ちゃんは、ご存じのように美しくて、才気があって、でも寂しがり屋で、みんなにきついことを言う、はきはきした女優さんでした。素晴らしい女優さんでしたが、麗子ちゃんには病魔というものが、早くからついて回りました。

 私が初めてそれを聞きましたのは、「あなた手をどうしたの」と聞いたら、「これはね、ギラン・バレー症候群という病気なの」と。「え」と聞き返すと、「覚えられないでしょ」と、何度も繰り返して教えてくれた。

 この難病にとりつかれてからは、すごく心にも傷を負ったように、とても辛い日々が続いたことと思います。でも、たくさんの人に愛されて、とてもいい方にお目にかかれたりして、幸せな結婚もできました。

 今日、私はここへ、どんな方がいらしてくださるかと思っていました。正直、もし、そんなにお越しいただけなければ、麗子ちゃん、寂しいだろうと思いました。(大勢の弔客に)びっくりいたしました。麗子ちゃん、あなたこんな方たちに愛されていたのね。とても辛かった思い出もあるでしょうけれども、今日お越しいただいた方々の姿を胸に大切にしまっていてください。

 麗子ちゃんはすてきなお仕事をしました。ドラマも、皆さんご存じのお酒のコマーシャルも。ちょっと愛して、違いましたっけ。「ながーく愛して」あの名文句。一世を風靡しました。

 本当は、もうちょっと、もう少し、長く生きていてほしかったです。でも、あなたは幸せを凝縮した形でこの短い人生を過ごされたんですから、どうぞ今日は精一杯、皆様にご自分の意思でちゃんとお礼をおっしゃってください。

 素晴らしい方が見えております。半生を今日1日で取り戻すかのように、拝見して胸が詰まる思いでした。どうぞ、その美しい目をぱっちり開けて、駆けつけてくださった方にお礼を申してください。

 そしてまた、これからの皆さんの人生に良いことがありますように、お祈りください。私どもも、あなたの天国での幸せを祈っております。今日は本当に皆さんに感謝してください。すばらしいお見送りです。これから幸せになってください。

【謝辞 石井ふく子「今日は甘えさせてあげて」】

 本日はお暑い中、お忙しい中、こんなにもたくさんご参列、ご列席いただきまして、本当にありがとうございます。あまりの突然のことで、私の中で「冗談じゃない。どうしてなの」と、いまだに納得がいきません。でも、皆様がこうやってあたたかく麗ちゃんを見守ってくださってます。寂しがり屋だった麗ちゃん。麗ちゃんとは、40年くらい長い歴史がございまして、心の整理が私自身ついておりません。でも今日は、甘えんぼの麗ちゃんに精いっぱい甘えさせてやってください。今日は本当にありがとうございます。

【参列者の声 森進一(61)=ファクスで】

 「彼女と過ごした歳月には、もちろんたくさんの思い出がありますが、時には姉のようでもあり、また、妹のような存在でもありました。共に支え合って過ごした日々への思いを込めて、人生を純粋に生きた彼女に、心の中で『お疲れさま、ありがとう』と声を掛けました」

ZAKZAK 2009/08/25

大原麗子

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