12日未明、39歳の若さで急死した消しゴム版画家で、辛口エッセーでも知られるナンシー関(本名、関直美=せき・なおみ)さん=写真。週刊誌などで多くの連載を抱えていた売れっ子作家の突然の死に、関係者は大きな衝撃を受けている。
所属事務所によると、関さんは11日夜、都内で知人と食事をした後、帰宅途中のタクシーのなかで、急に気分が悪くなり、「タクシーの運転手に自宅近くの目黒区の病院に運んでもらったのですが…。急なことで死因もまだわかっていません」(担当者)。
最近の関さんについても「執筆活動も続けており、寝込んでいたというようなこともなく、兆候はまったくなかった。本当に突然のできごとだった」と話している。
また、関さんがコラム「テレビ消灯時間」を連載していた「週刊文春」担当者は「月曜の入稿時には特に変わったこともなく、火曜も元気にされていたと聞き、突然のことに驚いています」。
今週号の同コラムで、関さんはW杯の熱狂に便乗する芸能人や政治家らを独特の切り口で皮肉っていたほか、視聴率が60%を超えた日本−ロシア戦の影で、完全にお手上げ状態となった裏番組の内容を「逆ギレ」と批評していた。
青森市出身の関さんは、法政大学文学部(2部)に入学。大学へはあまり通わず、コピーライター養成学校に通ったり、手先の器用さをいかし、消しゴムを使ってハンコを作るようになった。
関さん自身は「消しゴムハンコ」を「暇つぶし」としかとらえていなかったが、その独特な作風が関係者の目にとまり、大学を中退し、イラストレーターになった。
“デビュー作”は「ホット・ドッグ・プレス」誌に掲載された挿し絵「あっとおどろくタメゴロー」。以後、週刊プレイボーイ、サンデー毎日などで表紙や挿し絵を担当。ほかに、週刊朝日、週刊文春などの各誌上でコラムも執筆していた。
消しゴムハンコでも、平成元年に個展「けしごむ歳時記」を開いた。著書に「ナンシー関の顔面手帖」「何様のつもり」などがある。
最近では、脳障害の少年が、母親の持つ文字盤を指差してコミュニケーションをとりながら、詩などを発表している姿をドキュメンタリーとして描いた、NHKスペシャル「奇跡の詩人」について、「母親、勝手に動かしてねえか?」「何でNHKスペシャルともあろうものがこんな番組放送してんだろ」と、痛烈に批判していた。
著書に「ナンシー関の顔面手帖」「何様のつもり」などがある。
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関さんとの共著もある民俗学者の大月隆寛氏の話 「単なるテレビコラムニストの死ではなく、思想的な事件であると思う。ナンシーの取材力、ポテンシャルはコラムニスト以上の実力があった。4、5年前、そのとき体調が悪かったのか100メートル歩いただけで、ゼーゼー言って立ち止まったことがあった。普段から健康診断や人間ドックに行けと勧めていたが、本人はそういったことを嫌う性格だったから、冗談で『ナンシーの葬式に出ることになりそうだ』と言っていたが、それが現実となってしまった」
出版プロデューサーで親友だった高須基仁氏の話 「5月の連休明け、2年ぶりに赤坂で、ボクと嫁の新婚を祝ってくれ、中華料理を食べたばかり。相変わらず100キロを超えてた感じだけど、いつもと変わらなかった。ウオツカが好きで、ロックで10杯以上飲んでも、絶対酔わなかった。歩くのがイヤで、よくタクシーを使ってたけど、やっと免許を取ったところだった。孤高の人で、芸能人に擦り寄ることはなかった。でも、ボクのような叩かれる人間にはやさしくて、別れぎわに『(好みの)蒸したヤキソバを家に送ってね』と言ってたのに…」
ZAKZAK 2002/06/12