村田英雄さん亡くなる、73歳
闘病の末、肺炎で

村田英雄さん  「王将」「人生劇場」など数々のヒット曲を残した演歌歌手、村田英雄さん=本名・梶山勇(かじやま・いさむ)、写真=が13日午前9時52分、肺炎のため、大阪市都島区の大阪市立総合医療センター病院で死去した。73歳だった。佐賀県東松浦郡相知町出身。持病の糖尿病による合併症など何度も病魔を乗り越えて、義足で再起を果たした村田さんだったが、ついに帰らぬ人となり、昭和の歌謡史を代表する大物がまたひとり消えた。喪主、葬儀・告別式の日取りは未定。自宅は、大阪府門真市栄町1の6の109。

 関係者によると、村田さんは、糖尿病で入退院を繰り返していたが、今年5月22日に食欲不振などで再入院。同24日に肺炎を併発し、今月3日夕、呼吸困難で危篤状態におちいった。

 深刻な病状が続き、先週末には一部で「死去」の誤報が流れたほど。「入院後、何度か心臓が停止したが、家族が『お父さん』と呼びかけると、持ち直した。主治医からは『村田さんは何十万人にひとりの丈夫な心臓の持ち主』といわれた」(近い関係者)といい、9日には体重が25キロまで落ち込んだが、強靱な体力で持ちこたえた。

 しかし、13日朝に再び、容体が悪化し、家族に見守られながら、ついに力尽きた。

 村田さんは大の酒好きと、肉好きがたたってか、30代後半から糖尿病に悩まされ、平成8年ごろから合併症が深刻に。心臓バイパス、白内障の手術、えそのため両足をひざ下12センチから切断する手術など、大手術に耐えてきた。

 晩年は主治医がいる大阪に居を構え、一昨年6月に須真子さん(71)と再婚。体調がいいときは、コンサート活動のほか、自らの体験を糖尿病講座で語るなどボランティア活動にも力を注いでいた。

ZAKZAK 2002/06/13