コロムビア社長、“壮絶戦死”の背景
元ミカ・バンドの松村克己氏、命を縮めた“ストレス”

松村克己氏
松村克己氏
 20日、急性心不全のため、49歳の若さで急逝した日本コロムビア社長の松村克己氏。米投資会社リップルウッド・ホールディングス傘下で、老舗再建に取り組んでいた矢先の悲報だった。制作畑出身の松村氏にとって、リストラや販売店対策が大きなストレスとなり、「命を縮めたのでは…」との声もある。業界の老舗トップは、志半ばの“戦死”に追い込まれてしまったのか。

日本コロムビア
日本コロムビア
 「ビジネスのわかるミュージシャン。経営者として組織改革に取り組んでいただけでなく、現場に出て、熱く音楽を語る人だった」。突然の訃報に、同社関係者は悔しそうに話す。

 東京都世田谷区の閑静な住宅街にある松村氏宅も雨戸が閉ざされ、インターホン越しに親族の女性は「家族、親族が顔を知っている方だけの弔問をお願いしている」と言葉少なだった。

 松村氏は、サディスティック・ミカ・バンドの元ベーシスト。メンバーの加藤和彦や高橋幸宏らと音楽活動を行った後、昭和53年、CBSソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)に入社。制作、宣伝畑を歩んだ後、ニューヨークに赴任、松田聖子や坂本龍一などの海外進出を手掛けた。

 当時を知るメディアプロデューサーの酒井政利氏は「仕事ができる人だった。温厚な性格で周囲への配慮を欠かさなかった」と振り返る。

 米国系音楽ソフト会社のBMGファンハウス副社長だった昨年10月、日本コロムビア社長へと引き抜かれた。

松村氏宅
松村氏宅
 日本コロムビアは「不況で業界全体の売り上げが落ち込むなか、唯一の売れ筋Jポップ部門が圧倒的に弱い」(業界関係者)ため、平成14年3月期まで11期連続で最終赤字という末期的状態。昨年10月、リップルウッドが傘下におさめたが、「建て直しにはJポップ部門強化が不可欠。制作に強い松村氏に白羽の矢が立った」(同)。

 松村氏は、従業員削減や、業界一多い発売タイトル数の削減などリストラを断行。前出の同社関係者は「社内にも古い体質を変えたいという空気が強く、改革は順調だった」と話す。

 一方、「業界一の老舗」を運営する難しさを指摘する声もある。同社は明治43年創業。故美空ひばりさんら所属した歴史を持ち、街のレコード店との関係も深い。

 芸能アナリストの渡辺裕二氏は「制作畑出身の松村氏にとって、営業や販売対策は想像を絶する激務だったはず。リストラで営業部門の人員を削減しても、それに応じてレコード店との付き合いを効率の良い『大手中心』へと見直すことは簡単にできない。松村氏は社内改革を求められ、トップに就任したが、しがらみの多い外部との折衝によるストレスは計り知れなかっただろう」。

 加えて、業界からは「数年前から病気がちだった。気力に対し、体力が持たなかったのでは」(前出の酒井氏)など健康面に問題があったとの声もある。

 松村氏はこの夏、レコード店への営業コンベンションで大阪や福岡のレコード店を回っており、その過密スケジュールから夏風邪をこじらせ、2週間前から入院。会社側は「健康に問題はなかった」としているが、「老舗再建のストレス」が弱った体を予想以上の速さで蝕み、無念の死をもたらしたのだろうか。

ZAKZAK 2002/08/22