若い人には「すごいなぁ」と感心しちゃう
「マツケンサンバ」の大ヒットで、息子の彬良君(宮川彬良(あきら)=作・編曲家)は大忙しです。小さい頃はピアノのレッスンを嫌がっていたんですが、中学に入って僕と音楽のことばかり話すようになり、家内は「話に入れない」って愚痴をこぼしていたものです。
でも、親父と同じ仕事を選んでくれたことは、やっぱりうれしいです。 僕が子どもの頃、きちんとした音楽教育を受けた覚えはなくて、楽譜もピアノも独学。大阪のジャズバンドで演奏していた当時は、周囲のミュージシャンが皆上手に見えて…。特に前田憲男さんなんかは僕から見たらスーパースターでした。
どんなに難しい曲でも簡単に弾いちゃうし、人に教えるのも上手。僕よりも1つか2つ歳は下だけど、尊敬していました。
前田さんが活動拠点を東京に移すことになって、いよいよ出発の日、大阪駅まで見送りに行ったら、プラットホームで前田さんが「これあげるよ」と手渡してくれたのが、木の板に木片を張り付けて作った手製のキーボード。
音なんて出ません。当時大阪で飛ぶ鳥を落とす勢いの彼が、こんな手製のキーボードで練習していたのか!と感動しました。当時僕もピアノは持っていなかったし、何より前田さんからもらったことがありがたかった。しばらくはそのキーボードで練習していたものです。
前田さんのようになりたくて、しばらく大阪で勉強し、東京に出ました。再び一緒に仕事ができるようになったんですが、ピアノを弾いてもアレンジをしても、やっぱりかなわない。
NHKで僕が棒振り(指揮者)として参加した番組では80人のオーケストラの楽譜を、彼は一晩で書いてしまう。しかも決して手抜きでなく見事に完成された譜面が丁寧に書かれている。「こういう人を天才というんだろうな…」と痛感しましたね。
僕は今でも、自分にできないことができる人を、すぐ尊敬しちゃう。最近の若いミュージシャンに対しても、純粋に「すごいなぁ」って感心しちゃいます。
息子のことも尊敬しているんですよ。僕なんかにはとてもかないません。とにかく発想が違う。「どこからこんなことを思いつくんだろう」って、驚きの連続です。
それに彼は若い。僕は自分が作った曲の中で「若いってすばらしい」という曲が一番好きなんです。何がいいってタイトルがいいじゃないですか。僕は今でもこの曲を聴くと、なんだか元気が出てくる。彬良君も、これからまだまだ伸びる可能性を持っているわけで、うらやましいし、頑張ってもらいたいですね。
努力より周囲に助けられた
20代半ばで東京に出てきて、最初に住んだのが、四谷の「お岩稲荷」の近く。6畳一間の小さな家で、家具やピアノを置くと、僕と家内が座る程度のすき間しかない。
そんな狭い家に、ザ・ピーナッツがレッスンをしに来たことがあるんです。でも、あまりの狭さにみんなで立ち尽くすしかなく、結局そのまま帰っていきましたよ(笑)。
僕は失敗が多いんです。知り合いの結婚披露宴で1曲演奏を、と依頼されて、できあがったばかりの曲を、ピアノを弾きながら歌ったんです。自信作だったので、気持ちよく歌い上げたのに、拍手が来ない。不思議だな、と改めて譜面を見ると、タイトルが「愛のフィナーレ」。メロディーに酔っちゃって、詞の内容まで考えていなかった! 「恋の終わりは、涙じゃな〜いの〜」って、結婚式でやられたら、そりゃ拍手もできませんよ。まったくオッチョコチョイなお話で…。
フジテレビの開局と同時にスタートした日本初のベストテン番組「ザ・ヒット・パレード」は、忘れられない番組。毎週10曲近くを3人のアレンジャーが手分けして編曲するんですが、同じ曲が何週もランクインすると、「先週あいつが作った曲よりいいアレンジにしてやろう」って、競争心が湧いて…。滅茶苦茶な忙しさだったけれど、今思えばあの番組のおかげでいい勉強をさせてもらいました。
僕の場合は、自分の努力というよりは、周囲に助けられたことのほうが多いような気がします。特に歌い手さんたちには恵まれました。僕の拙い曲でも、ピーナッツは上手に歌い上げるし、園まりさんなんか本当に色っぽく歌ってくれる。僕の曲たちが、どれだけ彼女らに助けられたかわかりません。ホント、感謝です。
体が続く限り「楽しいコンサート」を
僕は、オーケストラを指揮するのが好きなんですが、でも、何回やっても照れるんですよ。だから照れ隠しに指揮台で冗談ばっかり言って…。でもそれがウケるとうれしいし、調子も出てくる。
ステージでオケが先に演奏を始めて、曲の途中から僕が登場する。拍手喝采(かっさい)の中、僕は客席に愛想を振りまきつつ、指揮台を通り過ぎて反対側の舞台袖の壁にぶつかって引っくり返る。あわてて指揮台にたどり着いたら曲が終わっちゃった−というコントみたいなことを、生の演奏会で最初にやったのが僕じゃないかな。
でもこれ、壁にぶつかりながらも頭の中では譜面を追ってないといけないので、意外に大変なんですよ。
NHKの「紅白歌合戦」のエンディングで「蛍の光」を指揮していたときのこと。その年は、両手に赤と白の指揮棒を持って振っていたんです。そうしたら、曲の途中で赤い棒だけが飛んで行っちゃった。何しろ日本中が見ている生放送だし、内心大慌てでしたが、現場ではバカウケでした。
テレビ朝日の「題名のない音楽会」にもよく出させてもらいました。まったく別の曲を同時に演奏すると、予想もつかない面白い曲になることがある。一種の冗談音楽なんですが、僕がアレンジした曲を司会の黛敏郎さんが解説すると、「なぜ面白い曲になったのか」がよくわかるんですね。楽しみながら理解も深まる。
黛さんという人は一見恐そうに見えますが、僕なんかの冗談にもとても寛容な人で、一緒になって楽しんでくれました。ああいう演奏会を、またやりたいんです。
僕にできるのは、冗談を言いながら演奏家とお客さんをいい関係で結んでいくことくらい。でも、音楽と冗談はとても相性がいい。その空間にいる誰もが「音楽って楽しいな」と思える−そんなコンサートを、体の続く限り、やっていきたいですね。
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