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金田龍之介
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■かねだ・りゅうのすけ
 1928年6月15日、東京生まれ。5歳で大阪天満八千代座で初舞台。その後、新劇、ラジオ出演などを経て、新派にスカウトされ上京。伊志井寛に師事、幹部待遇で多数の作品に出演。68年、『悪名十八番』で映画デビュー、以降、重厚な役柄で活躍している。代表作に『近松心中物語』、『婦系図』、『新・三国志III』など。昨年、二人芝居『サラ』で当たり役ピトゥを熱演し、評判を呼んだ。演劇賞多数。テレビでは、NHK『流れ雲』他。著書に「四十四年目の役者」他。

ミュージカルって楽しいなぁ

金田龍之介
 新年早々、大変面白いミュージカルに出演しているんですよ。8日に幕を開けたばかりの『ベガーズ・オペラ』(31日まで、東京・日比谷の日生劇場)。1727年にロンドンで初演され、世界で初めてのミュージカルだろうといわれている作品です。これを元にブレヒトが『三文オペラ』を書いたんですね。

 タイトル通りの人間が出てきて、それが集まって芝居をするって話なんですが、ボクだけがプロの老役者の設定。エリザベス朝の俳優の格好をして、髪も長くして出てきます。みなさんと合唱する場面や村井(国夫)クン、高嶋(政宏)クンたちにダンスもフォローしてもらっています。

 ボクがミュージカルっていうと、驚かれる方もいるでしょうが、けっこうやっているんですよ。昔、1965年、まだ市川染五郎時代の現幸四郎さんと越路吹雪さんが主演した『王様と私』に総理大臣役で出演しましたし、榊原郁恵さんの『ピーターパン』では、フック船長で歌って踊りました。最近じゃ、『マイ・フェア・レディ』のピッカリング大佐とかですね。

 ミュージカルって楽しいですよね。ボクなんか商業演劇やスーパー歌舞伎やシリアスな舞台が多いから大変でしょう、と心配されますけど、切り替えが早い方で、その気になって努力します。『ベガーズ−』はけい古から凄く楽しくて面白くて。演出のジョン・ケアードさんね、『レ・ミゼラブル』の演出で有名ですけど、また熱心で指導力が凄い。具体的に指摘してくれるので、なかなか参考になります。気遣いが細やかですね。それに日生劇場も久しぶり。たしか、78年の蜷川幸雄さん演出の『王女メディア』以来だと思います。

 まあ、ボクみたいに長いこと芝居してましてもね、よい作品に出合えるとかまた、やりたい作品に巡り合うことはそうあることじゃありません。昨年、東京はじめ全国各地で50日ほどやった、麻実れいさんとの二人芝居『サラ』がそうですね。

 膨大なセリフ量と一瞬も気を抜けない緊張しっぱなしの芝居ですけど、役者冥利に尽きる作品。この『ベガーズ−』では、少しの歌と踊りと集団のアンサンブルを楽しんでやってますよ、ハハハハハッ。



当時は2枚目だったんですよ

金田龍之介
 長いこと芝居してきたと言いましたが、役者という意識を深く強く持ったのは中年になったあたりからでしょう。

 叔父が大阪で喜劇の一座をやっていて、初舞台はそこで5歳で踏みました。でも、母親が男の子は勉強しなくてはダメだと、小学校6年で芝居やめて、戦争中でしたので工業学校に入りました。勤労動員で駆り出されて終戦。戦後、工業専門学校に入りましたが、急激な日本の変化でモノの価値がわからない、大人の言葉も信じられなくなって強烈なニヒリストになりましたね。

 大阪にいたんですが、その頃にね、学生演劇に誘われ、新劇に目覚めました。戯曲に託して忠実にセリフを話す手法に、この世界は正直で信頼できる、一つ真面目にやってみようか、と青猫座という新劇の劇団に入りました。食えなくて、昼は化粧品会社で働いて、夜に芝居をする生活が続きました。

 でも、その頃から「お前の芝居は新派的だ」といわれましたね、子供の頃に覚えたモノだったんでしょうねぇ。

 それから、水谷八重子(初代)さんの相手役にと引き抜かれて、新派に入ったんです。それで上京したんですが、ボクは当時は二枚目だったんですよ、身長も172センチとその頃にしては高かったし。きっかけが、青猫座で演出を受けた武智歌舞伎の創設者、武智鉄二先生が、矢車座という現中村富十郎さんのお父さんがやってらした劇団で谷崎潤一郎の作品をやって、比叡山の雛僧の役でボクを呼んでくださったんです。

 もう一人の雛僧役で1日ずつ交代で出演したのが大谷友右衛門、今の人間国宝、中村雀右衛門さん。相当にイイ男だったんです、ボクは。



変化に順応していくことが仕事

金田龍之介
 太ってきたのは、NHKの大河ドラマ「樅ノ木は残った」(1970年)に出演した頃からですね。存在感のある色濃い役柄に合うようにと意識して太ってやろうと…。一番多い時で、110キロまでいきました。若い時、萬屋錦之助さんの「子連れ狼」の毒味役では評判をとりました。いろいろやってみましたね。

 戯曲読んでこの役やりたいと思っていても、気がつくともうできない年になっていたり。役者というのは、変化に順応していくことが仕事なんだと思います。来月、仕事あるかなと待っていると、きのう二枚目だったのが次は悪役が来る。明治物に出演していた後はミュージカルになる。その変化をちゃんとこなしていけるか、ボクはその変化を楽しんできたということですね、荒海を漂うように。

 今、77歳ですが、年長の森(光子)さん、元気ですね、ボクも頑張らなければ。80、90の現役を目指してね。もちろん、セリフ覚える記憶力は落ちてきましたし、体もあちこち、悪いところは出てきますよ、それは。でも、お酒も昔はよく飲みましたけど、今はあまり飲まなくなりました。休みができると、近所のプールに行って何往復も歩いてみたりしています。恋心? 若い女優さん見てもねぇ、やっぱり、外で遊ぶ機会減ったし、子供たちもみな出て行って家内と2人だけだし、こんな長い間、苦労かけてきましたから。今更ね。

 俳人の金子兜太さんの本に、朝起きて、死んだ戦友の名を全員声出して呼ぶとパワーが貰えると書いてありました。ボクも学生時代の友人や新劇青年時代の友人がもう何十人も亡くなってますから、昔の出席簿順に記憶を辿って名前呼んでみたら、過ごしたその時代が浮かんできて、そうだ、またやらなければと勇気がわいてくるんです。

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