社会
芸能
スポーツ
経済
ぴいぷる
ひとりごと
アニメ☆声優
映画
追跡
競馬
パチンコ
ギャル満載
昨日のTOP10
先週のTOP10
曜日別TOP10
TOP >> ひとりごと

西田健
(2/25)

■にしだ・けん
 1945年6月24日、岡山県生まれ。早稲田大学文学部中退。劇団「雲」を経て、演劇集団「円」に。研究生時代から、テレビドラマに出演し、「帰ってきたウルトラマン」「キイハンター」「Gメン’75」「特捜最前線」「太陽にほえろ」はじめ、数多くのドラマ、映画に出演。エリート役、犯人役、プレーボーイ役など、さまざまなタイプの役柄をこなし、ドラマでは欠かせない名脇役の地位を確立している。

カミングアウト…ではないんですよ

西田健
 いま、これでテレビに出ているんですけど、この頭を見てビックリされる読者も多いかもしれません。これが地の頭です。

 はじめてカツラをとったのは、2004年10月に放送された「新・京都迷宮案内」(テレビ朝日)というドラマシリーズでした。僕は新聞社の社会部長という役柄でした。共演者には、橋爪功さんや野際陽子さんといった先輩方もいましたが、ドラマの中では僕が上司役。

 「弱ったな、諸先輩を前にどんな芝居をしようかな」なんて考えながら、撮影所のイスに座ってボーっと空を眺めていたんです。天気のいい日でした。その時、ふと、「そうだカツラを取ってしまおう! ハゲでやろう!」とひらめいたんです。部長役にはまさにうってつけじゃないですか。

 それを周りの人たちに話すと「それはいい、やれやれー」ってことになって、地の頭でカメラの前に立ったわけです。

 ドラマを見た人からは、「あれはいわゆるハゲヅラをかぶっているのか」なんて問い合わせが殺到したようです。

 といったわけで、特別カミングアウトというつもりはなかったんです。確かに、それまでは、毛のある顔のイメージで売ってましたから、なるべく地の頭は撮影所でも、共演する女優さんなんかにも見せないようにはしてましたけど、「俺はカツラだから」っていうのはみんなに言ってたんですよ。ですから、なんかきっかけがあったら、取ろうという考えはあったんです。

 ところが僕のところにくる役には、なぜか台本に「二枚目風」とか「いかにもモテそうな男が立っている」とか、そんなことが書いてある。すると、やっぱり髪はあった方がいいのかな〜なんて思ってカツラをつけていたんです。

 それでも、新しい役のときには、監督にどんな頭がいいか一応聞いたりもしました。そこで、 「いつものカンジでいいんじゃない」なんて言われるもんだから、かえってとるきっかけをなくしていたんです。

 僕がハゲで出演するきっかけともなった「新・京都−」は、木曜午後8時の放送です。社会部の遊軍記者役の橋爪さんが、人間の心の奥に潜む小さな隠し事や秘密を解き明かしていく物語。

 ベテランが顔をそろえてますから、見ごたえあると思いますよ。



「いい人」から「悪いやつ」へ

西田健
 劇団に入ったのは大学生の時でしたから、かれこれ40年近く芝居をやっていることになります。何しろ、昨年還暦を迎えましたからね。

 テレビとの出合いはもっと早く、実は劇団に入る前に、アルバイトで日本テレビの「11PM」「ゲバゲバ90分」のプロデューサー・井原高忠さんの個人秘書みたいなことをやっていたことがあったんです。それを辞めて劇団に入ったんですが、その後、井原さんから「ゲバゲバ−」に出ないかと誘われたんです。それは随分悩みましたよ。何しろ、劇団の研究生の身ですからね。そんなことやっている暇があったら、シェークスピアの勉強をしろ、と先輩からドヤされるところでした。ところが、ハムレットが「ゲバゲバ」になっちゃった(笑)。

 そんな縁で始まって、「ウルトラマン」や「Gメン’75」「キイハンター」「アイフル大作戦」とテレビがほとんどになっちゃった。

 あの頃は、ヒーローやいい人の役が多かった。ところが、32歳の頃、鏡を見ていて、僕はヒーローの顔じゃないなと思っちゃったんです。それをきっかけに、ヒーローとか、いい人とか、善人とかは一切やめた。それで、「太陽にほえろ!」とか「特捜最前線」など、武者修行のつもりでいろんな撮影所を回って、悪いやつとか、イヤーなやつとか、いろんな役をやりました。クセのある人間のほうが僕に向いている、そんな気がしたんです。



独身貴族は身から出たサビ

西田健
 僕は今でも独身です。ええ、昔はスポーツ紙に騒がれたこともあったんですけど、結局一度も結婚したことがないままに、独り者を通してきました。

 ときには、独身貴族でいいね〜なんて言われるけど、今年で61ですからね〜、とてもそんな心境じゃないですよ。「まずったな〜」と思う半面、「身から出たサビだな〜」とも思う。

 生家はそれなりに豊かだったようですけど、僕が生まれたのは何もかも失った敗戦の年。つまり、何もないところから、僕の人生は始まったんですよ。しかも、小学校3年生のとき、母が他界し、家があっという間になくなっちゃって。そんなのを目の当たりにしたもんだから、いつも心の中に、やや虚無的・刹那(せつな)的な風が吹いていて、女性からも「この人は建設的に物を考えていないんじゃないかしら…」と思われてしまうんです。

 僕は決してそれをいいことだとは思っていないんだけれども、普通だったら、お金が入ったら、マンションでも買うところを、僕の場合は、スポーツカーを買ったり、クラシックカーを買ったりしてしまう。すると、そんな姿を見たどこかのプロデューサーが、あいつは遊び人だから−ということで、遊び人の役が来たりするわけですよ(笑)。

 これからは、「あいつもハゲて、そろそろ遊び事はムリだな」となって、少しでも今までにない役ができればと思ってます。