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【内田浩司 小倉競輪祭 なう&リメンバー】特別競輪デビューの頃… ほろ苦いビールの味

 競輪祭初日がきた。

 広い検車場は選手が回すローラー台の音しかしない。だが勝負はもう始まっている。一旦レースが始まると空いている選手は出迎えや雑用で、意外に忙しい。ローラー台でじっくり汗をかいている間は一人になれる貴重な時間だ。作戦を考え展開を何通りもイメージしながら乗る。普段なら絶対にあり得ないが、その時はプロ棋士のように脳みそにも汗をかいている(笑)。

 ほどなくして、いつものシビれるような緊張感のなか、レースが始まった。オレは遠い昔を思い出した。

 特別競輪デビューは2年目の22歳、1984年(昭和59年)の競輪祭新人王だった。まだドームになるずっと前の話だ。

 オレは準決勝でその年の新人王・小門洋一さんに子ども扱いされて失格。夕食時、先輩に言われた。

 「洋一とはまだ大人と子供くらいの差があったな、来年は頑張れ」

 ビールを飲みながら悔し涙があふれた。

 翌年、23歳になったオレは最後の新人王に挑んだ。この年S級一班にも上がり、悔いのないレースをしようと心に決めていた。

 本命は本田晴美(岡山・引退)。他にも野原哲也(福井・同)、戸辺英雄(茨城・同)、山田英伸(神奈川・同)、萩原操(三重・まだ現役)と、この後、長きにわたり、しのぎを削りあう同期生がいた。オレはメイチ逃げて本田にまくられはしたが、納得の6着だった。新人王は本田を差した山田英伸が獲得した。その夜は前年と違い、手応えをつかんだうまいビールを飲んだ。(元競輪選手)

■内田浩司(うちだ・こうじ) 1962年8月26日生まれ。福岡県出身。83年4月に51期生としてデビューし、S級上位で活躍。2015年10月29日に引退。通算435勝、優勝34回(記念Vは92年門司記念など6回)。FI先行・吉岡稔真(としまさ=福岡県65期)元選手の兄弟子で連携は多数。実直な性格と厳しい指導から“鬼軍曹”として恐れられていた。夕刊フジ競輪面にコラム『当てちゃる券』を連載中。