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【内田浩司 小倉競輪祭 なう&リメンバー】競輪祭2日目 吉田拓矢が魅せてくれた

 6日制の特別競輪では出番は2日目からの方がいい。1日目は慌ただしくてなんとなく自分のペースでやりにくいからだ。

 競輪祭2日目はオレの同期・吉田哲也の息子、拓矢が魅せてくれた。相手は今、世界で売り出し中の松井宏佑だったが、「国内では俺が上だ」と言わんばかりのまくりだった。

 反対に組み立てに工夫がなく残念だったのが宮本隼輔。彼の父、忠典はオレと同世代の先行屋。彼らはともに二世選手。 ところで、子供から「競輪選手になりたい」と言われたらどんな気持ちなんだろう? 正直、羨(うらや)ましくもある。バスケットをしていた長女にガールズケイリンを勧めたことがあったが「落車するけ、いやだ」と即答された。

 3レース目から場内にいくと懐かしい人に会った。村岡和久さん(41期・引退)だ。先輩には競輪祭で助けてもらったことがあった。1986(昭和60)年競輪王の二次予選で事件は起きた。先行態勢に入ったオレをたたこうとした選手を条件反射で張ると相手の前輪とハウス(接触)してしまった。それは当時大スターのSさんだったのだ。

 オレは敢闘門で謝りにいくと「あぶねーだろ このガキ~」といきなり胸をド突かれた。シュンとするオレの後ろから「待てS、浩司になんしよるんかっ!」と怒鳴り声がした。村岡さんだった。ところがブチ切れたSさんが向かってくるとヒーローは思わず後ずさりして、尻もちをついたのだった(笑)。

 「マジで怖かったけの」オレたちはレースを見ながら大昔の話で盛り上がった。

(元競輪選手)

■内田浩司(うちだ・こうじ) 1962年8月26日生まれ。福岡県出身。83年4月に51期生としてデビューし、S級上位で活躍。2015年10月29日に引退。通算435勝、優勝34回(記念Vは92年門司記念など6回)。FI先行・吉岡稔真(としまさ=福岡県65期)元選手の兄弟子で連携は多数。実直な性格と厳しい指導から“鬼軍曹”として恐れられていた。夕刊フジ競輪面にコラム『当てちゃる券』を連載中。