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【艇王・植木通彦 ボートレース人国記】出身地の福岡・若松(上) 地元戦で気合もSG優勝は1回のみ (2/2ページ)

 「優勝すればグランドスラム達成と毎回いわれました。何度かチャンスがあった中で、97年に若松で開催された第43回メモリアル優勝戦2着とあと一歩の結果でした。優勝は大先輩・安岐真人さん(香川・引退)でした。モーターの調子も良くゴールまで安岐さんを精いっぱい追いかけましたが届かず、ゴール後にすごく悔しかったのを覚えています」

 植木氏が2枠で出場、コース取りで1枠鈴木幸夫選手(愛知)が1コースを死守、6枠長嶺豊選手(大阪・引退)が2コースまで動き、植木氏は3コース発進でまくり展開を想定したという。だが、5コースから安岐選手が好スタートを決め、植木氏のハンドルを入れる位置が早くなりターン出口で流れてしまった。その内側に安岐選手の差しが決まった。

 その後、植木氏が若松でSG優勝を飾ったのは2002年第7回オーシャンカップだった。

 「毎回気合を入れて参加した地元戦ですが、優勝したのはこの1回だけという結果でした。表彰式でのファンのご声援がうれしかったです」

 植木氏は1枠で出場、1コースを取り切った。2コースには内側コース得意の上瀧和則選手(佐賀・現選手会長)。

 「自分との戦いでした。結果的には私が先にターンした分、上瀧選手の差しを押さえて逃げられました」

 こんな若松を舞台に行われるPGI第2回ボートレースバトルチャンピオントーナメントに注目!!

 ■植木通彦(うえき・みちひこ) 1968年4月26日福岡県生まれ。福岡県立博多青松高校卒。86年11月デビュー。2007年7月の引退までSG優勝10回を含む74回の優勝、公営競技初の年間獲得賞金2億円を達成したボートレース界のレジェンド。昨年5月、初代ボートレースアンバサダーに就任。テレビ『BOAT RACEプレミア』他、ラジオ『くにまるジャパン極(文化放送)』他、ネット放送、イベント、講演会で活躍中。『植木通彦オフィシャルブログ』でも発信。