【酔っぱライターのお酒見聞録】金沢で老舗の銘酒支える水と志 自社酵母300種類ストック、「微生物ファースト」で泥臭く

多くのブランドを展開している福光屋の蔵には井戸がある

★石川県「福光屋」(上) 

 福光屋(ふくみつや)は金沢で最も大きく、また最古の酒蔵だ。今年で創業392年目になる。江戸時代の古地図にも、商標である「打ち出の小槌」が描かれている。

 創業以来この場所を動かないことには理由がある。それは水だ。蔵から60キロほど離れた霊峰白山に降った雨が、幾重にも重なる貝殻層をくぐり抜け、100年の歳月をかけて福光屋の井戸に湧いてくるのだ。

 その井戸は地域に開放されていて、私が訪ねたときも、近隣住民が大量のペットボトルに水を詰めていた。150メートル地下から汲み上げられたその水は、飲むと甘く味がある。この水が、「旨くて、軽い」と言われる福光屋の酒づくりを支えているのだ。

 この「軽さ」は独特で、福光屋ブランドの一つ「加賀鳶(かがとび)」を、私は長い間アルコールを添加した酒だと勘違いしていた。しかし、福光屋では2001年から純米酒しかつくっていない。醸造酒には、異物であるアルコールは合わないという考え方で、酒はしっかりアルコール発酵させることで、軽やかさと旨味が出るという。これを福光屋では「完熟発酵」と呼んでいて、そうした酒は、純米酒でも重たくならないのである。

 現在、酒づくりは三季醸造で、16人の社員が行っている。彼らを発酵研究所の3人がサポートするという体制だ。すべて優秀な理科系の社員で、熱力学、物理学、システム工学の専門家である。彼らは昔の杜氏が伝えた技や作法はそのままに、先端的な微生物管理を行っている。自社酵母のストックは300種類もあり、ビーカーサイズで試験醸造できる技術も持っている。

 こう言うとなにやら近代工場のようだが、全く違う。「微生物が酒をつくるのであって、人がつくるのではない」がモットー。だから、つくりは泥臭い。微生物の状態に合わせて泊まりこむことなど当たり前。今どきの言葉で言えば、「微生物ファースト」ということになろうか。

 これほど高い志を持った酒蔵は、日本中探してもなかなか見当たらない。これは現当主、福光松太郎社長の、先進的な経営によるものなのである。

 ■江口まゆみ 酔っぱライター。世界中の知られざる地酒を飲み歩き、日本でも日本酒、焼酎、ビール、ワイン、ウイスキーのつくり手を訪ねる旅を続ける。近著は『ビジネスパーソンのための一目おかれる酒選び』(平凡社刊)。

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