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すき焼きは「鋤焼き」? 割り下派“通人”に投稿欄で反論 (1/2ページ)

 すき焼きには、人の数だけ流儀がある。前回は1932(昭和7)年10月18日付の朝日新聞東京版に掲載された「通人がきめたすき焼のコツ」という記事について紹介した。

 概要を説明すると、(1)「通人」が誰か不明(2)割り下を先に入れ、砂糖、酒、醤油を入れるという二重の味つけ(3)材料はチビチビ入れ、温度を平均に保たせながら煮てゆく--という手法や目的がやや謎めいた「コツ」だった。

 誰かわからぬ「通人」がルールを設定する様が不遜に映ったのか、焼き方がいまいちわかりづらいからか、投稿から1週間が経った10月25日の読者投稿欄に反論として、「すき焼の弁--来歴と実際の食べ方」というその語源にまつわる投稿がなされた。

 曰く、明治以来の頑固な武士、堅気な人達は、動物を食べる者を忌み嫌い、家に置かず、鍋すらも使わせなかった。そこで牛肉業は農家のすきの先を借り、こっそり隠れて食べた--。いわゆる“鋤焼き”説である。この投稿を受けて朝日新聞も「鋤」の分布に補足をしている。

 「このすき先は東北にもありませうが、関西方面、殊に九州方面には盛に用ゐられます。田畑を耕すうちにピカピカと光って来て(中略)。極めて薄いものです」

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