記事詳細

【松浦達也 肉道場入門!】ソースやタレ、名古屋味噌に沖縄風まで… カツ丼はなぜ多様化したか (1/2ページ)

 “丼の王様”といえば何か。天丼という人もいれば、うな丼という人もいるだろう。だが、キラ星の如き輝きを見せる、丼界のスターのなかで、圧倒的な肉の質感に加えてゲン担ぎにも使われるカツ丼の存在感はやはり異彩を放っている。

 現在、全国的にもっとも一般的なカツ丼といえば卵とじタイプ。だが、実は日本初のカツ丼はこのタイプではない。

 国内最古のカツ丼の記録は1913(大正2)年にさかのぼる。当時早稲田にあった「ヨーロッパ軒」がソースカツ丼を考案。1923(大正12)年に起きた関東大震災をきっかけに福井へと移転したが、その名声は衰えることはなく、同店は現在もソースカツ丼の雄として知られている。

 次にお目見えしたのは甘辛いタレに浸したタレカツ丼だ。江戸時代から人気を博していた天丼をモチーフにしたかのような仕立てで、文献を探ると東京では1918(大正7)年創業の「水光」という店がタレカツ丼を提供していたとされる。ただし、同店は既にのれんをたたんでいる。

 この類型で、現在も健在なのは新潟のタレカツ丼であろう。ソース同様タレに浸すだけという簡便な調理法ながら、安定感抜群。屋台で人気を博したというタレカツ丼は、現在まで親しまれ続けている。

 そしていよいよ現在、全国区となった卵とじカツ丼の登場だ。時期としてはタレカツ丼にほんの少し後れを取る、1921(大正10)年頃。

 当時の文献では、早稲田「三朝庵」や大阪などにその存在が確認できる。早稲田の学生が考案したという説もあったが、明治の中期から大正初期にかけて鳥料理屋などで親子丼に似た品が人気を博したことを考えると、飲食店から伝播したと考えるのが自然だろう。

zakzakの最新情報をSNSで受け取ろう

関連ニュース