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【松浦達也 肉道場入門!】博識の福沢諭吉ですら間違えた「カツ」 難関だった異文化の“食を知る”こと (1/2ページ)

 「カツ」について日本の文献をたどると、福沢諭吉にたどり着く。

 1860(万永元)年に出版された福沢の訳書『増訂華英通語』に「吉列」という単語が登場する。

 『華英通語』とは、清の子卿の記した中国人商人向けの中国語と英語を照らし合わせた英会話学習書のようなもの。

 中華圏では「吉列」はカツを指す。実際、画像検索サイトで「吉列」と入力してみると、さまざまなカツの画像がヒットする。

 日本人がまだカツを知らなかった頃から中華圏の人々はその存在を知っていたのだ。

 ところが同書に書かれた英語でのカツレツの表記や読みは少々怪しい。福沢はこの本を同年の春に米サンフランシスコで購入し、英学を志す者のために訳書を出したという。

 以前本稿でも触れたように、福沢は国内で肉食が奨励される以前の1855(安政2)年頃には、緒方洪庵の適塾生とともに大阪の牛鍋屋に入り浸っていた。

 ところが当時の福沢は蘭学には造詣が深かったが、英語についてはさっぱりだったというエピソードがある。

 1859(安政6)年、横浜を訪れた福沢は英語の看板を見て衝撃を受ける。

 「店の看板も読めなければ、瓶の貼紙もわからぬ。この数年、死に物狂いで蘭学書を読んできたが、商売人の看板を見ても読むことさえできない。だが落胆している場合ではない。以来、万事英語と覚悟を決めた」

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