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「高遠そば」って? 発祥の地で味わう“信州そば”、元祖の味を堪能すべし (1/2ページ)

 そろそろ新そばが楽しめる季節が到来! 信州の冷涼な気候は、そば栽培に適していて「信州そば」としても有名。実はその中でも、長野県伊那市は“信州そばの発祥の地”であり、県内有数の産地であるという。その伊那市で楽しまれている「高遠そば」をご存じだろうか?

 そもそも、なぜ伊那市が信州そばの発祥の地になったのか。それは、奈良時代に山岳信仰が高まり、信濃の多くの山が霊山として開創されたのが始まり。

 修験道の開祖「役小角(えんのおづぬ)」が、信濃国の最初の霊場を伊那市にある西駒ケ岳に求めて来たときに、世話になった同市の里人にそばの種を渡し、その栽培を教えた伊那で収穫された「行者そば」の種は修行僧などの手によって、各地の霊山のふもとに広められたと伝えられている。

 その地元、信濃国南部に存在した高遠藩の藩主・保科正之公(三代目将軍徳川家光の異母兄弟)は無類のそば好きであった。正之は福島会津藩へ転封するときも、高遠(現伊那市高遠町)のお城のおもてなし料理だった「辛つゆそば」を職人とともに伝えていった。四代目将軍家綱の後見役を務め、江戸中期以降に花開いた江戸のそば文化にも大きく影響している。

 そのそばは、福島県会津地方で「高遠そば」として受け継がれてきた。それが現代になって、元祖の伊那市高遠町でもご当地そばとして親しまれるようになった。今、はやりの“逆輸入”というわけだ。

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