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【江口まゆみ 酔っぱライターのお酒見聞録】灘のブランド『千代田蔵』立ち上げ、目指すは「新たな驚きある昨年と違う酒」 (1/2ページ)

★兵庫県「太田酒造 灘千代田蔵」(上)

 江戸城を築城したとしてその名が知られる太田道灌。しかしその子孫が酒造業を営んでいることは、ほとんど知られていない。

 太田家は、道灌から6代目に当たる太田正長の時に、三代将軍家光の命を受け、関東から近江草津に移住した。そして代々、交通の要所である草津宿において、街道の動静を見張る関守の役目を果たしていた。

 酒づくりを始めたのは江戸時代末期のこと。所領の年貢として納められる良質の近江米を、有効活用するためだった。

 以後、酒づくりを生業として発展し、地元滋賀県草津市の蔵に加え、1962年には神戸に進出し、灘千代田蔵(神戸市東灘区)を開いた。

 灘千代田蔵を訪ねると、太田家19代目当主の甥にあたる北尾龍俊さんが任されていた。

 草津の蔵の近所に住んでいた北尾さんは、小さい頃から酒づくりを見よう見まねで手伝っていたという。家業を継ぐのは自然の成り行きだった。そんな彼の初めの仕事は、日本酒ではなくワインづくり。太田酒造は草津市にほど近い栗東市にワイナリーも持っていて、自社栽培のブドウ100%のワインやブランデーをつくっているのだ。

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