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【ぴいぷる】“謙信公の末裔”日本酒プロデューサー・上杉孝久氏、吉良上野介は「赤穂の浪人にとって仇ではない」 (1/3ページ)

 日本酒ブームの仕掛け人の1人として全国を飛び回り、講演、セミナーだけで年200回をこなす。だが、この時期、さらにもう1つの件で腰を落ち着ける暇もない。

 歴史好きや勘のいい人は、名字からピンとくるだろう。戦国の世、越後の虎と恐れられた謙信以来の名門上杉家の血脈を伝える、世が世ならば「お殿様」なのだ。

 上杉家は、吉良上野介(きら・こうずけのすけ)と深い関係がある。

 「今年も赤穂浪士の討ち入りがあった12月14日に講演を依頼されたのですが、あいにく先約があってお断りせざるを得なかったのです」と、育ちのよさをうかがわせる丁寧な言葉遣いで語る。

 依頼されるこの時期のテーマは決まって「上杉家から見た忠臣蔵」。上野介の正室、富子は米沢上杉家の出であり、上杉家の3代当主、綱勝(つなかつ)が跡継ぎのないまま急逝し、甥である上野介の嫡男が幕府の特例で末期養子として上杉家を継ぐのを認められ、綱憲(つなのり)と名乗った。綱憲は元禄15(1703)年、赤穂浪士の吉良邸討ち入り当時の上杉家当主でもある。

 上杉家では綱勝急逝時にお家断絶の危機に直面したことから、後になって綱憲四男に1万石を分与、米沢新田藩として独立させた。孝久氏はその上杉新田藩家の9代目、現当主だ。

 そこで、本人が語る「上杉家から見た忠臣蔵」。尋ねるとこう返ってきた。

 「全てがおかしいですよ。よく考えてもらえば分かることですが、吉良上野介が浅野内匠頭(あさの・たくみのかみ)を殺害したわけではない。逆に切り付けられたわけです。ということは赤穂の浪人たちにとって、上野介は仇でも何でもない。あれは単なる逆恨みでしかないのです」

 赤穂浪士ファンなら眉をつり上げそうなことをすんなり口にする。

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