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【日本の元気】音楽人にも多い難聴、求められる補聴器の正しい知識 (1/2ページ)

★難聴と補聴器(1)

 小室哲哉が不倫疑惑報道で引退を表明した。芸能界には疎いのでコメントする資格はないが、会見で「突発性難聴」で左耳が聴こえていないと語ったらしく、それが一番気になった。私も同じ難聴で辛い経験があるからだ。

 聴覚が最初に障害を起こしたのは、およそ30年前のことだ。人生には信じがたいことが起こる。保険金目的の妻殺し被疑者と間違われ、連日、マスコミに追われたのだ。被疑者が私とほぼ同姓同名、同業者だった偶然から生じた誤解だった(私の妻は今も元気です)。

 この災禍に巻き込まれるうちに左耳が聴こえなくなり、東京医科大学病院耳鼻咽喉科を受診、突発性難聴と診断された。原因はストレス、妻殺し疑惑による二次災禍だった。「発症後、速やかなステロイド点滴治療で治癒する」とのことで通院を続けて聴力は戻ったが、この難聴は繰り返しやすい。数年後に再発。この時もほぼ回復。それから15年が過ぎた3年半前の夏、やはり大きなストレスから、今度は両耳の聴力がガクンと落ちた。会話が成り立たず音楽も聴取不能。取材活動もこれで終わりかと絶望的な思いに陥った。

 開業医の紹介状を携え受診したのが、15年ぶりの東京医科大学病院だった。病院には15年前の私のカルテが残っていて感銘したが、受診した聴覚・人工内耳センター部長の河野淳教授(人工内耳の第一人者)は過去と現在の症状を比較し治療方式を立ててくれて、通院開始(その間、2万-3万円で買った補聴器で仕事を続けたが厳しかった)。

 途中、自宅で激しい目まい発作で倒れ嘔吐(おうと)が止まらず、救急車で搬送されたことも。高度難聴が引き金の「遅発性内リンパ水腫」だった。通院で症状は安定したが、耳鳴りも続き、元の聴力には戻らなかった。そこで半年後、河野先生の助言を受け米国スターキー社の補聴器を両耳に入れることになった。

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