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【松浦達也 肉道場入門!】死者まで出した“明治の肉食奨励” 修験行者集団皇居に乱入「国土が穢れた」 (1/2ページ)

 日本において肉食は天武年間の675年から禁じられてきた。以来1000年以上に渡り、禁じられてきた肉食が再び日の目を見たのは文明開化--明治に入ってからのことである。

 すでに牛鍋屋が市中でにぎわいを見せていた1871(明治4)年、明治天皇が「食肉の禁は其の謂なしを以て」肉食を解禁した。

 天武天皇の決めた肉食禁止に対して、「謂なし」とはずいぶん思い切った言い回しだが、裏を返せばそれだけ強力な詔勅を発しなければ、肉食奨励は大衆には届かなかったとも考えられる。

 そしてこの号令以降、明治政府は堂々と肉食奨励に舵を切る。翌年1月24日には、宮中にて明治天皇自らが牛肉を試食。この年から西洋料理が宮中でも採用されるようになった。

 もっとも明治天皇のお触れであったとしても、世にすんなりと受け入れられたわけではなかったようだ。

 明治天皇が牛肉を口にしてから約1カ月後の2月18日、白装束に身を固めた、山岳信仰の修験行者集団10人が皇居に乱入。4人が射殺され、1人重傷、5人が逮捕されるという事件が起きた。

 この集団は「外国人追討」と「神仏領・諸侯の領地回復」を訴えて皇居へと上奏に押しかけた。理由は「肉食をするようになって国土が穢れた」から--。

 完全なる言いがかりであり、言わば“肉食諸悪の根源説”である。だが肉食に舵を切るという明治政府の施策は、その是非が物議を醸し、死者すら出すほどの一大転換点だったのは間違いない。

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