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【阿部亮のつぶやき世界一周】日本を近代化させた明治政府の大派遣団 岩倉具視を団長に総勢107人が欧米に

 ここ1カ月余り、本コラムに関連して幕末~維新~明治政府のことを調べてきた。結果、ナゼ明治政府は国家全体を急激に近代化できたのかという大疑問に行き着いた。

 それまでおのおのの組織で、大して重要な役割を担っていなかった人々(下級武士や農民や低位の公家)の集団が、成り行きで造ってしまった感じの明治新政府。内部対立・権力闘争や、一揆・内戦に直面しながらも、わずかな期間で革新的な政策を次々実施し、欧米列強に対抗するまでの国力を付けることができたのはナゼか。

 明治4(1871)年冬、政府は岩倉具視を団長として、木戸孝允、大久保利通、伊藤博文ら、総勢107人もの大視察団を欧米に送った。当初は江戸幕府が結ばされた欧米各国との不平等条約の改正が主目的で、少人数の政府幹部のみの使節のハズだった。

 だが、藩閥による派遣員の調整が面倒になって、結果的に多くの政府幹部、随員、留学生も含めた大派遣団になり、目的も欧米先進諸国の制度や文物を見聞して、明治国家の形を考えることが加わった。

 期間は当初10カ月の予定が、米国8カ月、英国4カ月、フランス4カ月、その他オランダ、ロシアなど12カ国を歴訪の後、アジア植民地視察まで行い、合計1年10カ月にも及んだ。

 そして視察の内容は「広く国民に知らせるべきだ」との当初の考えにより、結果は百科事典形式でまとめられた。視察団員が現地で受けた衝撃や危機感が、政界のみならず、官・軍・産業・国民にも伝わって、国家全体の急激な近代化に繋がった。

 ■阿部亮 北海道札幌西高等学校卒業。19歳で陸路を世界一周。ニッポン放送「阿部亮のNGO世界一周!」のメインパーソナリティ。ミャンマー、ネパール、カンボジア、ブルキナファソ(西アフリカ)に12校の学校を建設している。

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