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【ベストセラー健康法】日本人の長寿のカギをにぎる「和食」を解き明かした医師 奥田昌子氏『日本人の病気と食の歴史』 (1/2ページ)

 急速に進歩した現代医学のおかげで、人間の寿命は大きく延びた。しかし、医学にも限界はある。健康長寿は、予防を意識して初めて実現する。そんな中で、世界が注目する予防食「和食」がカギを握っている。

 世界をリードする長寿国の、国民の健康の土台となってきた和食も、昔から完成された形で存在したわけではない。時代ごとに、日本人の体格や体質、さらには社会情勢や風俗などが微妙に絡み合いながら形づくられてきた食体系なのだ。

 四方を海に閉ざされた島国・日本で構築されてきた食と健康の歴史を、大量の文献と資料から検証し、系統立てて1冊にまとめた医師がいる。

 予防医療に従事する内科医、奥田昌子氏がその人。その最新刊『日本人の病気と食の歴史』(ベスト新書)では、人間がドングリなどの木の実を食べていた縄文時代から現代に至る長い道のりを、丁寧に解き明かしている。

 「体質や病気のかかりやすさは、生活習慣によってかなりの部分が決まる」という奥田医師は、時代ごとに日本人が取ってきた生活習慣と、その時代に主流だった食事内容が、人々の健康にどう関与していたのかを考察する。

 大宝元年(西暦701年)に制定された大宝律令には「医疾令」という法律が盛り込まれている。著者によると、当時の医療提供体制には内科、外科、小児科、耳鼻科、眼科の他に「呪術」を標榜する科が存在したという。つまり、この時代は医療と信仰が混在した形で病気に立ち向かっていたわけである。

 その後は最近でいう“上級国民”と庶民の食事内容に差が生じ、そのせいでビタミンB1不足を招いた貴族だけが脚気にかかるようになるなど、疫学面での興味深い現象が見られるようになる。鎌倉から室町時代にかけて、武士や公家を中心に、それまで1日2回だった日本人の食事が3回に増え、およそ400年の時間をかけてこの食習慣は庶民にも浸透する。そして酢や味噌などの調味料が使われるようになり、次第に和食は現代の姿に近付いていく。

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