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【パリッコの「酒飲み12カ月」】梅見酒はできなかったけど……酒の縁に導かれた充実の昼酒

 2020年2月6日。朝、家から仕事場に向かう道すがら、梅の花がすでに三分咲きほどになっていることに気がついた。暖冬の今年は、冬らしい冬が来なかったんじゃないかというくらい寒さに手ごたえがなく、特にここ数日は、春のような暖かさの日もちらほらとある。

 実家の庭に1本の梅の木が生えていて、自室の窓から眺める梅の花が好きだった。特に、花が満開近くなった頃に寒の戻りがあって、そこに雪が積もった光景などは、まだ酒も飲めない小童ながら、なんて粋なんだろうと感動したことを覚えている。

 今日は夕方から北千住の某酒場に取材に行く予定。そうだ、小一時間ほど前に家を出て、コンビニで酒とつまみを買って近所の公園に寄り、軽~く梅見酒でもしてから向かうか。と思いつき、ワクワクしながら、しばらく真面目に仕事をした。

 午後2時ごろ、仕事をひと段落させて仕事場を出る。すると、朝は気づいてなかったが、今日はなんだか特別寒い。よく晴れてはいるけれど、風も強いからよけいに寒く、体感気温は0度。これ、今年一番の冷えこみじゃないだろうか。コンビニにたどり着くまでの2分くらいの間に両手がガチガチに凍え、暖かい店内にほっとして真っ先に向かったのは、酒ではなくてホットドリンクコーナー。缶コーヒーを手に取り、両手でぎゅっと握って暖をとる。15の夜か。

 これはダメだ。梅見酒、あわよくば締め切りの迫っているこの連載のネタにしたかったんだけど、こんな寒い日に無理してやるようなことじゃない。「ネタ、どうしようかな……」という焦りを抱えつつ、もう北千住へ向かってしまうことにした。

 1時間ほどで北千住に到着。すでに心は酒モードになっている。西口駅前の飲み屋街へ行けば、どこかしら早めにオープンしている店があるだろう。ネタについては、そこで飲みながら練り直そう。

 有名店の「天七」や「永見」をはじめ、ずらりと飲み屋が並ぶ通りを歩いていると、通りすぎざまに店内から「いらっしゃいませ~」と声をかけてくれた店があった。「幸楽」という古そうな大衆酒場で、店内はすでに大にぎわい。ここしかない。運命を感じて扉を開けると、いきなりこんな声が聞こえた。

「お、パリッコくん!」

 声のほうを見ると、なんと大先輩ライターのとみさわ昭仁さんと金ちゃんさんが飲んでいる。はは、出た、酒の奇跡。ちょうど空いていた隣の席に座り、しばしご一緒させてもらうことになった。

 とみさわさんはよくSNSに、「今日の原稿ノルマ終了。さて、飲みに行くか!」なんて書いていて、それがまだ昼すぎだったりするのが、すごくかっこいいなと思っていた。が、本当に飲んでるところに偶然出くわすなんて想像したこともなく、愉快すぎる気分。頼んだ「幸楽ボール」がうまい。あ、ちなみに幸楽ボールとは、いわゆる「元祖下町ハイボール」というやつで、とみさわさんが「このへんじゃどこでも『ボール』で通じるよ」と言うので、2杯目はちょっと勇気を出し、「ボールおかわりください」と頼んでみたら、確かに通じた。

 壁にずらりと並んだ短冊メニューのうち、手書き、つまり、季節ものと思われるいくつかは、春らしいピンク色をしている。これを眺めながら飲むのも、気分だけは花見といえなくもないな。「この短冊、季節感があっていいですね」とつぶやくと、とみさわさんは、「ここは一年中この色だよ」と言った。

 ピンクの短冊の中から「セリのおひたし」と「シマアジ刺し」を注文。セリの小苦さに春を感じて嬉しい。シマアジ刺しは、てっきりいわゆるアジの刺身のようなものが来るのを想像していたら、厚切りでブリに似たような迫力。間違えて……ないよな? と思いつつ食べてみると、歯ごたえしっかり、旨味濃厚でものすごく美味しい。あとから調べてみたところによると、シマアジは、アジ類の中でもトップクラスのうまさを誇る高級魚らしい。こんな仕事をしていながら、本当になんにも知らないな、自分。値段は500円そこそこだったと思うけど、ちょっと感動的な美味しさだった。

 思わず楽しすぎるひとときを過ごせてしまった、寒い冬の午後。こうして原稿も書けている。ふたりの先輩と、酒に、あらためて感謝。

■パリッコ 酒場ライター。著書に『酒場っ子』『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』。「晩酌ほろ酔いクッキング」(漫画ゴラク)「今日は早退します!」(東京ウォーカー)他、連載も多数。TV東京「音流~ONRYU~ 酒場サーキット」出演中。

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