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【BOOK】力道山、ディズニーアニメ、アポロ11号…昭和の子供の思い出はブラウン管の中 牧野良幸さん『少年マッキー僕の昭和少年記1958-1970』 (2/3ページ)

 --強烈に覚えていることは

 「“夢の機械”カラーテレビがやってきた68年の冬休みです。年の瀬のウキウキした気持ちを思い出します。ちょうど家を建て替えたときで、新しい家の窓は木枠ではなくサッシに変わり、それまで雨戸を閉めるのが自分の仕事だったのが、雨戸もなくなっちゃったことも思い出のひとつ。それにやっぱりアポロ11号の月面着陸中継や土曜お昼の吉本新喜劇、『巨人の星』といったスポ根アニメにコント55号の野球拳…。ブラウン管の中のことばかりです」

 --本では吉永小百合さんがロケで町内(岡崎市)に訪れたことも

 「あの頃、映画を観たわけでもないのに、一番綺麗なスターは吉永小百合だと。そういう美人女優が僕の町にやってきた。びっくりですよ。小百合さんは休憩中に町の人とひとりずつ握手。握ったその手は柔らかく、僕は2回も握手しちゃいました。目の前で見た小百合さんは本当に綺麗。10歳のときに起こった一大事件。永遠のマドンナです」

 --当時のブームは

 「小学男子を熱くしたのは60年代半ばに流行ったスロットカー(レーシングカー)でしょう。モーターを使って溝のあるサーキットコースをリモコン操作で走らせるプラモデルのようなクルマです。自分が持っているスロットカーの電気を受け取るコレクター(ブラシ状になっている電線)を毛羽立てると早く走るというウワサを信じて改造。専用のサーキット場に持っていって夢中で遊びました。宙返りするコースまであって日本中で大ブームでしたね。年の差を越えて仲良く遊んでみんな同じ体験を共有したのが昭和の子供たちです」

 「加えて、切手の収集も。『月に雁』『見返り美人』といったプレミア切手は高価で買えないから、新しく発売される日本の記念切手を集めていました。国立公園、国定公園シリーズに『明治百年記念』といった歴史を感じさせるものが人気でしたね。最後に買ったのは70年の『日本万国博覧会』。この頃はもう中学生ですから、ソノシートを聴くこともプラモデルを作ることもやめていました」

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