全日本リトル野球協会会長・林和男さん (2/2ページ)

2009.10.13


林和男さん【拡大】

 9月11日、心不全のため85歳で死去。建設会社の経営者として手腕を振るうかたわら、リトルリーグの指導を通じて青少年の健全育成を推進した。

 1923年、東京都調布市生まれ。早稲田大政経学部に進み、大学時代は軟式野球部で活躍。建設会社入社後も野球を続けた。66年、リトルリーグの「西東京リーグ」監督に就任、日本代表として出場した米国での世界大会で見事に優勝した。かつて、当時のことをこう振り返っていた。

 「初出場なのになんとなく勝ってしまって世界一になった。行きの飛行機では子供たちは『うるさいから』って後ろの席に追いやられたのに、帰りは機内で華々しく紹介されて一番先に降ろしてくれた。報道陣もたくさん待っていた。あれは一番の思い出だね」

 68年、後に5年連続日本一や世界制覇で名をはせる「調布リーグ」の初代監督に就任。早稲田実業高で甲子園をわかせた荒木氏は同リーグで育った。

 荒木氏は「息子か孫のようにかわいがってくれた」と言う。甲子園出場時には「自由に使っていいから」と、建設会社で使用していたバスを無償で提供してもらい、練習場などへの移動に利用した。「結婚を第一に報告して、仲人もお願いしました」。婚約の際には、「大輔が小学校の2年の時から知っているから、まるで本当の子供のよう」と、心から喜んでいたそうだ。

 2002年、リトルリーグとシニアリーグの全国団体が一本化されてできた「全日本リトル野球協会」の会長に就任するなど、一貫して野球文化の基盤拡大に尽力した。「せっかくやるんだったら勝負は勝たなきゃダメだ」が口ぐせ。そのため、選手には厳しい練習を課した。試合に勝てば、もちろん大喜び。しかし、負けても「いい試合だったよ」と励ます優しさがあった。

 亡くなる10日前までシニアリーグの開会式や地域の体育祭を気にかけ、「あいさつをしなければならないから」と、車いすから立ち上がって歩行訓練を繰り返していた。病床でも、決して「痛い、苦しい」と言わなかったという。(久保木善浩)

 

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