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高山 勝成

不変純粋で頂点 (4/15)

 たかやま・かつなり
 WBC世界ミニマム級チャンピオン。4日、王者ブストス(メキシコ)を3−0の判定で破って王座についた。
 1983年5月12日生まれ、大阪市生野区出身の21歳。エディタウンゼントジムでボクシングを始め、00年12月、17歳でプロデビュー。01年12月、全日本ライトフライ級新人王。03年10月、グリーンツダジムに移籍した。1メートル58。
高山勝成
高山勝成

【「ライトニング・キッズ」】

 小さな背中は、取り囲む報道陣の興奮を静めるように落ちついていた。

 「何も変わらないですね。4月4日は僕が世界チャンピオンになる日だって決めてましたから」

 あの少年がよくここまで…。そんな感慨を抱くのは、荒っぽいメキシカンをスピードで翻弄した新王者に失礼だろうか。

 大阪市生野区出身。衣料品店を営む両親のもとで育った。中学に入る時は60キロもあり、陸上やラグビーをかじったが、長続きしなかった。友人に連れられてボクシングジムに行ったのは、中学2年の夏。「世界チャンピオンになる」。腕立て伏せを3回しかできなかったひ弱な少年がそう誓ったのは、サンドバッグを叩き始めたばかりのころだった。

 中出博啓トレーナーとの二人三脚で腕を磨き、高校には進学しないで拳に人生を賭けた。

 「10代のうちにチャンピオンになりたい」

 「僕の愛称は、ライトニング・キッズでお願いします」

【トレーナーとの絆優先しジムを移籍】

 彼の口からそんな夢を聞いたのは、プロデビューして2戦目のころだった。屈託のない言葉とともに、幼さを残した表情が印象に残っている。

 ある日、ジムをのぞくと、練習を終え、帰り支度を整えた彼はジムの狭い入り口に立ったまま、先輩ボクサーのスパーリングをじっと見つめていた。スパーが終わった後も、他の練習生の動きをじっと見つめている。

 −−なかなか、帰れないね

 そんな声をかけると、彼は「ボクシングだけは、どんな風景を見ていても飽きないんですよ」と笑った。

 流行を追うこともなく、当時は携帯電話も持っていなかった。「僕を甘やかさないでください」。支援者の一人にそう伝えたとも聞いた。

 だが、その純粋さゆえ、つまずいた時に彼の心は行き場を失わないか。そんな不安がよぎったのは、03年4月。後楽園ホールでライトフライ級の日本王座に挑戦、9回TKOで敗れた時だった。

 「すみません。また、一から頑張ります」

 精いっぱいの笑顔を作ってくれたが、彼の試練は敗北の痛みだけでは終わらなかった。

 中出がさまざまな葛藤の末、ジムを去った。その時、彼は周囲が思いもよらなかったことを口にした。

 「僕もボクシングを辞めます」

 彼は夢よりも「何者でもなかった僕」に寄り添ってくれたトレーナーとの絆(きずな)を優先したのだ。結果、2人はともにジムを移った。「あれから高山は本物の職業ボクサーになった」と中出は言う。

 初防衛戦は、ケガで王座を失ったイーグル京和(角海老宝石)を迎える公算が大きい。不運な形でベルトを手放した元王者に勝ってこそ、周囲が認めてくれることを彼は知っている。「何も変わらない」という背景にはそんな現実もあるが、こうも言えないだろうか。

 彼は変わらなかったからこそ、世界チャンピオンになれたのだ、と。

 「みんなに愛される王者になりたいですね」

 そう言ってはにかんだ表情に一瞬、少年の面影が重なった。

ペン・城島 充
カメラ・塩浦孝明