グッチ裕三
娯楽請負人(10/16)

【「人を喜ばせるのが好き」】
都内のキッチンスタジオ。「自分で選曲した」というソウル音楽に合わせて、エプロン姿でフライパンをふるう。
取材に答えながらも料理の手は休めない。独身記者のため、冷蔵庫のあり合わせでできる特製チャーハンの作り方まで伝授してくれた。ものの5分で完成させたチャーハンは、ほの甘いダシ醤油の風味と黒コショウの隠し味が効いた優しい味。深酒後の胃袋によさそうな一品だった。
「『娯楽請負人』とでもいうのかな。料理でもステージでも、とにかく人を喜ばせるのが好きなんだ」
この日は「女性セブン」(小学館)に連載中の料理コラム用の写真撮影日。連載は8年目に入り、過去のベストレシピ163点をまとめた「グッチ裕三のうまいぞおザ☆ベスト」を先ごろ出版した。コンセプトは「ありきたりの食材で、特別な料理を」。独身、単身赴任の男たちにも打って付けのレシピが満載だ。
「両親が共働きで、ほとんど祖母に育てられたんだ。でも、子供の口には合わない料理もあってね。で、冷蔵庫にある食材なんかを使って自分で作り始めたんだよ」
GSブームに影響され、中学からバンドを結成。早くから音楽の道に入ったが、料理との出合いは音楽よりも早かった。
「はじめて作ったのは焼うどん。バターとしょう油で味付けしただけなのに、びっくりするくらいうまかった。この味は今でも覚えているよ」
【結城先生から「あなたのが一番」】
芸能界入り後も、ことあるごとに料理の腕はふるっていた。自信を深めたのは「夕食ばんざい」という番組への出演がきっかけだった。
「そのとき作ったのは、いつも友人に振る舞っていた特製焼きそば。それを出演者の(料理研究家)結城貢先生がいたく気に入ってくれてね」
番組出演後、結城氏から個人的に包丁が送られてきた。添えられた手紙には一言、「あなたの料理が一番うまかった」とあった。
「『あれ、ひょっとして、これでイケるかも』と思ったね。あの手紙がなかったら、今の自分はなかった。だから先生には感謝してますよ」
【ポケットに貧欲さぎっしり】
その後、単発でいくつかの料理番組に出演。手応えをつかみ、テレビ東京の帯番組で料理コーナーを担当。身近な食材で作る独創的な料理が好評を博す。
「いつもそうだけど、人の(勧める)話に乗る方が人生うまくいく気がするね」
いまも、ポケットの中にはレシピのメモがぎっしり。新しい味への貪欲(どんよく)さが「料理の腕を上げるコツ」という。
「ある程度作れるようになると、どうしても同じものを作ってしまいがち。やっぱり人間、簡単な方に流されてしまうからね。でも、そこでチャレンジすることが大事なんだ」
実は大変な努力家。だが、われわれが目にするのは、浮き沈みの激しい芸能界を鼻歌交じりにスイスイ泳ぐ姿だけ。愚直に水をかき続ける足は決して見せない。
「努力家、マメって言われるのはイヤなんだ。試験前にすごく勉強しておいて『全然勉強してない』っていうのが理想だね」
そう笑いながら、再びソウル音楽に合わせて鍋をふるい始めた。
ペン・安里洋輔
カメラ・奈須稔