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伊原剛志

志をもって極める(10/18)

 いはら・つよし 1963年11月6日、福岡県小倉市(現・北九州市)生まれの大阪育ち。43歳。高卒後、千葉真一主宰のジャパンアクションクラブ(JAC)に。83年、「真夜中のパーティー」で初舞台。翌年、「コータロー・まかりとおる!」で映画デビュー。92年4月、お好み焼き店「ぼちぼち」(現社名・アイテム)を単独起業。2006年1月、自身の半生を赤裸々につづった自著伝『志して候う』(アメーバブックス)を出版し話題を呼ぶ。映画「ヒートアイランド」(片山修監督)は東京・渋谷を舞台に、若者グループと強盗団の現金争奪戦を描く物語。
伊原剛志

【男としてもまだまだ】

 184センチの長身で二枚目ながら、コミカルな役もこなす演技派。クリント・イーストウッド監督の映画「硫黄島からの手紙」では、過酷な戦場で最期まで国際人であり続けた伝説の中佐、西一竹役を好演し、主役の渡辺謙とともに全米の喝采(かっさい)を浴びた。

 「でも、俳優としても男としても、まだまだ! 12月から1カ月間、単身ロサンゼルスで武者修行してきますよ」。飽くなき意欲は、役者を志し、高校卒業と同時に夜行列車で大阪から上京したときのままだ。

 上京して25年。どうすればいい役者になれるかだけを常に考えてきた。周りと激しく衝突したこともあるが、妥協することなく駆け抜けてきた、という。

 「11月で44歳ですが、今でも毎日が刺激的。この仕事をしていると、いつまでも若い感覚でいられます。この世界は、経験の差は多少あるけれど年齢は関係ない。若い俳優との共演も、いろいろな発見があります」

 ロスへの語学留学は今回が4回目。毎回すべて独力。炊飯器を持参し、自炊生活もするという。

【殺那的に見えて周到】

 「イーストウッド監督と出会えたチャンスを生かし、もっと世界に出ていかなければ、という思いを『硫黄島』の撮影中から感じていました。だから、撮影の合間にカリフォルニアの自動車免許を取得し、撮影終了の2カ月後には、最初の留学に出ました」

 そのバイタリティーには頭が下がる。

 「『オレはこんなもんじゃ終わらない!』という思いは常に抱いています。(夢の実現のためなら)今やっていることを休んでもいいとさえ思っている。貧乏時代に戻る覚悟は、いつでもできています。家族にも、オレの妻や息子になった以上あきらめてもらうしかない(笑)。けどね、自分が生き生きしている姿を見せることが、父として子供にしてあげられる一番のことだと思う。だから、家族を残して単身渡米もできるのです」

 刹(せつ)那(な)的にも聞こえるが、実は用意周到。お金の心配をせずに俳優業に打ち込むため、お好み焼き店を開業したのが1992年。以来、事業は順調に発展し、いまでは外食チェーン店17店舗を展開、年商7億円を売り上げる実業家でもあるのだ。

 その原動力となったのは、高校時代にアルバイトしていた居酒屋の経営者、故・皆吉康子さんが本名に付け加えてくれた芸名用の一字「志(こころざし)」にあるという。

【気力あふれる43歳】

 「すべては『志』があればこそ。志をもって“極める”ところまでやり尽くさないといけない。でも、最近の若者はすべて中途半端なまま次に進み、行った先でも中途半端なまま。ひとつのことを極めれば、それがどの世界でも通じるということが分からないんですね」

 若者を愛するがゆえの苦言。今月20日公開の映画「ヒートアイランド」では強盗団のボス役として若手俳優たちと共演したが、たぶん共演者たちは「志」の大切さについて、みっちり教え込まれたに違いない。

 「若者だけじゃない。いま40代の人にも『こんなヤツがいるんだ』と感じてもらえればうれしいですね」。気力にあふれた顔で話を締めくくった。

ペン・小川健
カメラ・鈴木健児