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大和田伸也&五大路子

向き合うより励まし愛(2/24)

 おおわだ・しんや 1947年10月25日生まれ、61歳。福井県出身。早稲田大学在学中に演劇に目覚め、「劇団四季」を経てNHK朝の連続テレビ小説「藍より青く」に出演。「ありがとう」や「水戸黄門」、「暴れん坊ママ」などテレビのほか、映画、舞台でも活躍。2007年に出演した東京ガスのCM「エコウィル マルコ・ポーロ篇」も反響を呼んだ。実弟は俳優の大和田獏、女優の岡江久美子は義妹。
 ごだい・みちこ 1952年9月22日生まれ、56歳。横浜市出身。桐朋学園演劇科卒業後、早稲田小劇場を経て新国劇へ。77年、NHK朝の連続テレビ小説「いちばん星」で代役から主役に。その後もテレビ、舞台で活躍。家族は長男で俳優の悠太(27)と次男の4人。悠太は、夫の伸也と「みこん六姉妹2」(TBS系)で共演した。
大和田伸也&五大路子

【女房孝行を決断!】

 取材場所に最初に現れたのは夫だった。

 −−お2人での仕事は珍しいですか?

 「2ショットの仕事はやめようって言ってるんだ。カミさんのにおいが出るのはヤだからね。カミさんが横にチラついたら、ボクもやりづらいし」

 これまでも、片手で数えるほどしか夫婦で仕事していない。だから、3月5日から8日まで、神奈川・ランドマークホールで行う舞台「憂いも辛いも、いろはにほへと−長谷川伸八景−」は貴重な共演だ。芝居を主催する横浜夢座は、妻が立ち上げ座長も務めている。

 「5年前、カミさんに『どうしてもパパの力が必要だから』って頼まれて、女房孝行しようか、と。創設5年目の節目だし、役者としても、後ろから応援してやらないと、と思ってね」

 「ボクが外で仕事をしっかりしないと共倒れになってしまう。(妻には直接)言ってないけど、彼女が夢を続けられる状態を続けられるようにしたかった。経済的にも、家族のことも。だから、子供が小さいときは、子育てもけっこうしたんだよ」

 そこへ−。

 「遅くなってしまってごめんなさい!」。見計らったかのようなタイミングで妻、登場。

【妻が病気患い転機】

 笑顔で応じた夫は「おかあさん、劇団の成り立ちから説明して」と何事もなかったように促した。

 「36歳くらいのとき、右ひざに激痛が走って病院に行ったら、ひざを固定されて、それが曲がったままになってしまったの。2週間後に帝劇の舞台が控えていたので、目の前にシャッターが下りたような気分だったわ。降板なんて生まれて初めてだったから。代役で舞台が始まって、私の代わりは金太郎あめのようにゴマンといる、ということを知ったの」

 「そこから話すのかね?」と妻の顔をのぞき込む夫。気付かぬふりをする妻。30年の歳月がつくりあげた、これもア・ウンの呼吸か。

 「これはパパには言ってないけれど、そのあと葉山の海に1人で行って、つえをつきながら海に入ったの。漁師さんや魚屋さんが見つけてくれて、おんぶされて戻ってきたけど…」

 毎晩、長男の悠太を寝かしつけながら、曲がった足をさすり、治らなかったらどうしようと不安にさいなまれた。そんなとき、担当医にこう言われた。

 「あなたにしかできないことをおやりなさい。生きていく価値はあなたが見つけるものだよ」

【故郷で劇団旗揚げ】

 その後、懸命のリハビリを続け、後ろへ曲がった右足のつま先が畳に付く日がやってきた。同時に、「人として、母として、妻として、どう生きるか」自問自答が始まった。

 その間、夫は子育てもしながら、家族を路頭に迷わせないために、外で懸命に働いた。

 悩み抜いた妻が出した結論は、以前からの夢だった故郷での劇団の旗揚げ。夫は「一から旗揚げする大変さは分かっていたし、女優としての五大路子を認めているから(旗揚げは)反対した」が、運転資金を集めるため“営業”に回る妻のハツラツとした表情や、賛同する仲間たちの姿を目の当たりにし、妻の「根っからの芝居好き」を痛感したという。

 気がつくと、いつの間にか、ソファに座る2人の距離が近づいていた。

【今年はパール婚】

 夫婦が初共演したのは、横浜夢座の舞台。ちょうど銀婚式の年だった。夫はダイヤモンドの代わりに出演に踏み切った。そして今年はパール婚。

 「一昨日、(夫が)爆発したのよ。みんなのことを考えて立てたプランがうまくいかなくて…。最後は謝っていたけど、そんな姿を見たのは初めてだったわ」

 そのとき、カメラマンの声が響いた。「奥さんの肩を抱いてください!」。その要求を夫はやんわりと断った。

 「肩を抱くのは5年後でいい。ボクらは向かい合う夫婦じゃなくて、ひとつのものを(一緒に)見つめる夫婦なんだよ」