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中邑真輔

ストロングスタイルで美追求(6/11)

 なかむら・しんすけ 1980年2月24日生まれ、29歳。京都府出身。青山学院大卒後、2002年に新日本プロレスに入団。同年8月に日本武道館でデビュー。その年の大みそかに「INOKI BOM−BA−YE 2002」で総合格闘技に初挑戦し、04年5月のアレクセイ・イグナショフ戦まで5試合に参戦。3勝1敗1無効試合の好成績をおさめる。03年12月9日には天山広吉戦に勝利し、デビューから史上最速、最年少で第34代IWGPヘビー級王座を獲得。08年1月には当時王者だった棚橋弘至を破り、再び同王座(第48代)に返り咲いた。昨年12月には現代美術家、ロジャー・ミカサ氏とともに「TOKYO WRESTLING ARTS」展を開催した。7月5日、後楽園ホール大会に参戦。問い合わせは新日本プロレスTEL03・6407・3111まで。
中邑真輔

【プロレスもアートも同じ】

 「夕刊フジさんが一体、何の用ですか」

 姿を現すなり、いきなりの先制パンチ。不意を食らった記者の手元から資料を取り上げて、さらに攻撃を加えてきた。

 「あれ、これウィキペディアじゃないですか? だめですよ、こんなもの見ちゃ。うそばっかり書いてますからね。した覚えのないバイト歴が書かれていたり」

 史上最年少でIWGP王座を獲得。2002年から3年間挑戦した総合格闘技でも勝利を重ね、「総合」の舞台では惨敗を続けていたプロレスの復権に一役買った。強さを追求する姿から、「求道者」にもたとえられる。寡黙なファイター像を勝手にイメージしていたが、どうも実像は違うようだ。

 4月5日、両国国技館大会で組んだユニット「CHAOS」もファンを驚かせた。新日本プロレスでは長くベビーフェース(善玉)として活躍していたが、このユニットでは本格的なヒール(悪玉)役に挑戦したのだ。

 「善か悪か、は単純に割り切れるものではありません。ただ、レスラーとして言いたいことは何か、訴えたいことは何かだけはハッキリさせたい。そのためなら、いくらでも“流れ”を利用させてもらいますよ」とニヤリ。そういえば、この人の“引き出し”はやけに多いのだ。

 「とりあえず、あるものだけ持ってきました」とバッグから取り出したのは1枚のTシャツ。

 「『ジャーナル・スタンダード』というアパレルブランドの依頼で、Tシャツをキャンバスにしてイラストを描きました。これは、その時のもの。去年の12月にはプロレスをテーマにした美術展もやりましたよ」

 実はこの人。画家としての顔も持っている。ユーモラスでシャレっけたっぷりのタッチ。筋骨隆々の外見からは想像もできないが、「幼いころから絵はよく描いていた」という。

 「高校、大学時代はアマレス部との掛け持ちで美術部に入っていました。19歳で死別した父もよく絵を描く人で、もともと落書きは好きでした。小学生のころは折り込み広告の裏に怪獣や妖怪をよく落書きしたもんです」

【落書きがきっかけ】

 “アーティスト”として世に出たのも、落書きがきっかけ。

 「レストランで仕事の打ち合わせをする時などに、備え付けのペーパーナプキンやコースターにパパパッと落書きしちゃう。それを知り合いの美術家が『面白い』と取り上げてくれたのが始まりです」

 プロレスにサーフィンにレゲエ音楽−。自分が好きなものを絵のモチーフにすることが多いが、マイナーなレスラーや80年代の懐かしい映画を引用するなど、作品の一つ一つに小ネタが詰まってる。どうやらオタク気質な面もあるようで…。

 「交友関係は広かったから、友達にはオタクなヤツもいましたよ。自分もパソコン通信に一時期ハマって、(専門誌の)『ラジオライフ』を読んでみたり。…って、ちょっと。ここ、あんまり強調しないでよ(笑)」

【自分の生き方、肉体で表現】

 しかし、一体どこまで本気で「芸術家」を極めるつもりなのか。

 「僕にとってはプロレスもアートも同じ。肉体美という言葉があるように、鍛え上げられたレスラーのブリッジや筋肉の躍動は本当に美しい。プロレスは、自分の生き方を肉体で表現する究極のアートですよ」

 プロレスという“総合芸術”に心底ほれているわけだ。だからこそ、現在のプロレス界の苦境には歯がみしている。

 「もっと心に突き刺さり、観客を愕然(がくぜん)とさせるようなプロレスをやらないとダメ。そのためには、外に向けて発する言葉の力も必要になる。それが当面の僕の課題ですね」

 その先にあるものは?

 「近寄りがたいほどのオーラを持つレスラー。真のストロングスタイルです」