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梶芽衣子

アウトロー貫く女の武士道(8/18)

 かじ・めいこ 1947年3月24日生まれ、62歳。東京・神田の鮨店に生まれた江戸っ子。65年、日活に入社。18歳のとき「青い果実」で主演デビュー、72年「銀蝶渡り鳥」が大ヒット。78年の「曾根崎心中」でブルー・リボン賞など各主演女優賞を獲得した。89年から「鬼平犯科帳」、98年から「剣客商売」にレギュラー出演。歌手としては、80万枚の大ヒットとなった「怨み節」や「女の呪文」「修羅の花」などを発表。朝、晩、入浴前の1杯のミネラルウオーターを欠かさず、砂糖のかわりにレンゲの蜂蜜、たまに大好きな肉料理を食べるために野菜中心の食生活を心がけ、20代と変わらぬ体重をキープしている。意外にも「お酒は一滴も飲めません」。
梶芽衣子

【25年ぶり新曲「女をやめたい」】

 25年ぶりにリリースした新曲のタイトルは『女をやめたい』(テイチク)。杉本眞人の『吾亦紅』を聴いて「こんなふうに日本をちゃんと歌う歌なら私も歌いたい」と思ったのがきっかけだという。『抱いてよ ここで…』と始まる歌詞の字づらだけを追うと妙に女っぽいが、自ら「アラ還」と称する元祖アウトローのミューズの歌声は、ドロドロの情念を昇華し、さばけた味わいだ。

 「もちろん、このタイトルは反語ですよ。私も経験していますけど、恋愛って意地の張り合いみたいなところがありますよね。でも、女も本物になると強いだけじゃなく、やさしくなる。そういうことをこの曲はストレートに教えていると思います。この年代になってやっと照れずに表現できることですけど。アラフォーの方がもっと素直になると、もっといい恋愛ができるんじゃないかと思うんですけどね」

【「日本の言語で演じ、歌う以外はやりたくない」】

 70年代、「野良猫ロック」や「女囚さそり」「修羅雪姫」シリーズに主演。ふて腐れたようなクールビューティーぶりが、怒れる反体制の若者に熱狂的に支持された。クエンティン・タランティーノ監督も彼女のポスターを部屋に張りまくるほどの大ファン。2003年のヒット作「キル・ビル」が「修羅雪姫」のパクリであると明かし、エンディングに「女囚さそり」の主題歌「怨み節」を使った。これをきっかけに海外から映画出演のオファーが相次いだが、すべて断ったという。

 「私は日本の言語で演じ、日本の言語で歌う以外はやりたくない。よその国に行ってそこの文化を演じようとは思いません。どうして海外でやらないの、って聞かれますけど、大きなお世話。それだけは曲げられない信念です。日本人が海外に行っても貫けるものって武士道しかないと思ってますけど、それができたのは三船(敏郎)さんだけですよ」

 武士道には自分の意志がある、主君に仕えるのも国の犠牲になるのも決してやらされているわけではない−それがすばらしいという。池波正太郎「鬼平犯科帳」のドラマで、火付盗賊改方長官の長谷川平蔵に仕える女密偵おまさを20年にわたって演じてきたが、この作品をとりわけ大事に思うのも武士道が描かれているからだ。

 「いまでも鬼平組には慣れというものがないんです。撮影は役宅のシーンから始まるんですが、お頭(中村吉右衛門)が真ん中にお座りになると、それはもうすごい緊張感で。そりゃまあ、36歳のまま変わらないおまささんを62歳の私がやるわけですから涙ぐましい努力も必要ですよ。でも、すばらしい作品に出合えて感謝です」

【20代、仕事充実の中で結婚考えたが】

 生涯の当たり役、おまさも元盗賊でいわばアウトローだが、「女囚さそり」などで確立したアウトローのイメージが強烈すぎて、テレビ出演の依頼が来ない時代もあった。

 「普通のお母さん役をやらせていただきたいといっても、このキャラクターでは無理ですね、と。でもアウトローに抵抗があったわけではないの。この財産を守りながらどう貫いていくかが勝負だったのよ」

 20代後半、本気で結婚を考えたことがあった。が、仕事に乗っていた時期で「冷静に考えたら絶対、後悔するぞって思ったのよね」。以来、結婚はないものと覚悟を決めて仕事に打ち込んできた。悔いはない。

 「男は裏切ると思うのよ。でも仕事は裏切らないからね。自分がちゃんとやりさえすれば、だけど。どんな仕事も楽なことなんてほとんどないし、苦痛だったり情けなかったり、みじめだったり…だけど、あきらめたら負けよ。少しでも『やった』という仕事があれば、それが最良の幸せ。成功ってそういうことだから」

 いま再び歌うのは、生き延びるためだという。

 「女優もアラ還にもなると切り捨てられていきますよ。安住していては自分がダメになってしまうから、自らプレッシャーを与えないと。この曲で果たして新たな道にいけるか分からないけど、私は簡単にはあきらめませんよ。それなりにアウトローを通してきましたけど、もう死ぬまでアウトローを通したいと思っています」