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【豊田利晃】邦画界の異端児 「笑い」と「間」と隠し味の「毒」

2009.11.11


豊田利晃監督【拡大】

 「次回作はそうですねぇ。スティーブン・セガールとエドワード・ノートンが漫才コンビを組むって映画を撮ってみたいですねぇ。それで、M−1に出る、みたいな」

 たぶん冗談なんだろうとは思う。ただ、この人が撮るなら見てみたいと思わせるから不思議だ。

【破綻した物語も上質な“娯楽”に】

 なんせ、いままでぶっ飛んだ映画を何本も撮ってきているのだから。デビュー作の「ポルノスター」は、無軌道な青年がナイフを手にヤクザを無差別に襲う話だった。前作「空中庭園」は、崩壊寸前の家庭を取り繕う主婦の話。「笑い」と「間」と、隠し味の「毒」。そんな豊田節で、どんなに破綻した物語も上質なエンターテインメントに仕上げてきた。

 邦画界で注目される若手監督の中でも、クセのある作風で異彩を放つ。その経歴も異色だ。

【9歳で将棋への情熱なくなり…】

 「7歳で将棋を打ち始めて、9歳で奨励会に入ったんです。林葉直子なんかと同期ですね」

 プロ棋士を目指して英才教育を受けてきたが、17歳で駒を置いた。映画に狂ったゆえのドロップアウトだった。

 「将棋の合間、暇があれば名画座で映画を見ていた。そのうち、将棋に情熱がわかなくなった。将棋は邪念があると勝てない。ストイックじゃないとね」

 何のあてもないまま21歳で上京。ライターとして活動するかたわら、映画製作事務所「荒戸源次郎事務所」の門を叩く。

 「事務所に所属していた阪本順治監督の『どついたるねん』という映画が好きで。そしたら『月3万円やるから明日から来い』と言われて」

 そこで書き上げた初めての脚本が、阪本監督が映画化した「王手」。映画に描かれた賭け将棋に明け暮れる真剣師の世界は、中学の時の自身の経験そのものだ。

 「サラリーマン相手に1局1000円でやるんですよ。こっちは中学生でしょ。向こうは子供に負けるから、頭にくる。それで何局もやって1日5万円は稼いでいた」

 役者とは中途半端な付き合い方はせず、気に入れば何度も仕事をする。

 「その人が持つ“間”とか呼吸とか、そういうものを大事にしたい。役者には過度な演技をさせたくないんです」

【ロケで神秘的体験】

 その姿勢は、自身のルーツ・大阪を舞台にしたドキュメンタリー「アンチェイン」に顕著に現れている。現役時代一度も勝てなかったボクサーと、その3人の仲間の人生を追った映画だ。

 「映画に出てくるボクサーのひとりを地元の友達に紹介されたのが撮り始めたきっかけ。撮っている時は、僕も5人目のメンバーになっていましたね。実は、引退したボクサーのその後というのも撮り始めている。もう、一生付き合うしかないですよね。作品とともに、役者の人生の変遷も追っていけるような、そんな関係でいたいですね」

 12月19日公開の新作「蘇りの血」では初めて時代劇に挑んだ。歌舞伎の演目にもなっている小栗判官伝説をモチーフにしている。

 「ここ数年、自然の神々しさとか、人間の根源的な生命力に興味があった。閉塞した社会を突き抜ける突破口ってそういうものにあるんじゃないかとずっと思っていて。そういう世界を描くには時代劇は最適だった」

 ロケ地には「冥土のような、まがまがしさが気に入った」という理由で青森・下北半島を選んだ。ロケ中は、神秘的な体験もしたという。

 「撮影中もずっと聖的なものに囲まれているような感覚があった。ロケハンに行った初日に白い蛇が首まで上がってきたんですよ。その瞬間、金縛りにあったんです。そういう世界も、下北にいると信じられる」

 作品のもうひとつの重要なテーマは、「死と再生」。自身が起こした不祥事のせいで4年間、映画製作の現場から離れていただけに復帰作には格別の思いがあるようだ。

 「やりたいメンバーでやりたいことをやると、こんな形になった。僕はラッキー。もう、こんな映画作りはできないかもしれませんね」

 また、ひと波乱起こしてくれそうだ。

 ペン・安里洋輔

 カメラ・大山実

プロフィール 豊田利晃(とよだ・としあき)1969年3月10日生まれ、40歳。大阪市東成区出身。新進棋士奨励会に9歳から17歳まで所属。98年、映画「ポルノスター」で監督デビュー。日本映画監督協会新人賞などを獲得。4人のボクサーを5年間追い続けた「アンチェイン」は2001年公開。その後、松田龍平、新井浩文主演の「青い春」(02年)や「ナイン・ソウルズ」(03年)、小泉今日子主演の「空中庭園」(05年)など話題作を発表する。最新作「蘇りの血」で主演したドラマー、中村達也らと音楽ユニット「TWIN TAIL」を結成し、ライブツアーも行っている。

空中庭園
 

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