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【EXILE ATSUSHI】この声でできること伝えたいこと探す

2010.02.09


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 日焼けサロンで焼いたという焦げ茶色の肌は、茶色に染めた丸刈りの髪よりも黒い。口元からのぞく真っ白な歯とのコントラストが強烈だ。

 そんな派手な風貌からは想像もつかない仕事を続けている。2008年から始まった東海テレビ制作のドキュメンタリー番組「LIFE IS BEAUTIFUL〜小さないのちの詩〜」のナレーションだ。3回目となる今年は、14日午後4時5分からフジテレビ系で放送されるが、貧困や戦火に包まれる国の女性たちが出産する映像に言葉が詰まり、アフレコは毎回、予定時間を超えてしまうという。

 「ふだん、派手な競争の世界、エンターテインメントの世界にいるから、この仕事は自分に戻れる良い機会なんです。1、2回目は勝手も分からないし、こなすので精いっぱいでした。でも今回は少し成長して、最初の部分をもう一度録り直したくなったほどです。今回はテーマ曲も自分が担当したので充実感がありますね」

 2回目の放送後、「企画に合う曲を作ったら、もっと(番組が)伝わるものになる」と思い書きおろしたのが「道しるべ」。ピアノのメロディーに、分かりやすい日本語が並ぶ。

 「(昨年2月の)放送が終わった直後に書いたら、伝えたいことが多すぎて(言葉があふれ)、しばらく寝かせたんです。秋になってスタジオに入ったら、メロディーと言葉を自然に口ずさめた。30分でできました」

【喋れぬ時が感受性高める】

 「コンセプトは『人類の営み』です。人は生まれて死んでいくけど、命をつないでいけば歴史になる。ぼくは人前に出るお仕事をさせてもらっていますけど、長い歴史の中では1つの点に過ぎない。自分の分をわきまえてやっていかないと…」

 この謙虚さはどこからくるのか。

 「これまで骨を折ったことも、縫ったこともないほどケガや病気とは無縁だったのに、2006年の6月にポリープを手術したんです。声が出にくいなって思っていたら声帯にポリープがありましてね。メスを入れるのが怖かったから、鍼や気功、食生活の改善まで、何から何までやりました。手術で声が変わってしまうのも怖かった。歌ったときに、みんなが認識している僕じゃなかったらどうしよう、とかね」

 結局は、手術を決断。全身麻酔から目が覚め、生きていることを実感しながらも、2週間は話ができない日が続いた。

 「そのとき、感受性がすごく強くなったんです。インプットはできても、しゃべれないからアウトプットができない。1日3曲くらい作りました。しゃべれない分、ものを感じて、とらえる感覚が生まれて。そこから歌詞が生まれるようになりました」

 もうひとつ、大きな心境の変化があった。

 「声を大事にするようになりました。それまでは、うまくなりたい、認められたいと思っていただけだったのが、この声で何ができるかなと思うようになりました。一生、答えは出ないかもしれないけれど、この声でできること、伝えたいことを探しています」

 ATSUSHIは29年前に生を受け、篤志と命名された。

 「父と母、父方の祖父が考えた『篤』という名前を神社に相談に行って、志をつけるように言われたと聞いています。5年ほど前に篤の意味を調べたんです。人に貢献する気持ちをあらわす、とありました」

 名前が持つ力の大きさを改めて感じた。

 「日本の音楽のすばらしさ、言葉の大切さ、日本人しか歌えないもの、小さい子からお年寄りの方まで歌ってくれるものを、これからも作っていきたいですね」

 志は高く、続く。

 ペン・栗原智恵子

 カメラ・栗橋隆悦

プロフィール ATSUSHI(あつし 本名・佐藤篤志) 1980年4月30日生まれ、29歳。埼玉県越谷市出身。音楽とダンスを融合させた14人のグループEXILEのボーカルで作詞も手がける。2001年にデビュー。昨年11月の天皇陛下ご即位20年をお祝いする祭典では奉祝曲「太陽の国」を披露。12月に発売した最新アルバム「愛すべき未来へ」は発売初日に100万枚を突破した。トレードマークのサングラスは、テレビのカメラ目線が苦手でかけ始めたという照れ屋。パソコンは持っておらず、「アナログですよ。パソコンを立ち上げる時間を待つだけでイライラするんです。メモしたほうが早いし、頼りすぎると自分がなくなる気がします」という。いま凝っているスポーツはフットサル。

ATSUSHI
 

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