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【南佳孝】シティ・ポップの雄 ボサノバ新響地

★「歌が伝えるのはやっぱり言葉」

2010.09.08


南佳孝【拡大】

 シティ・ポップの雄は、自虐的に今の音楽環境を見つめている。

 「大人の音楽が注目されている? 僕は何もないと思うなぁ。今の時代、オリジナルの『オ』の字もないでしょう。みんなカバーですよね。なんで、そんなに懐かしくなりたいのか分からないけど、いいのがないんでしょ。自分もその中にいるんだけど」

 苦笑いしたのは、最新アルバム「あの夏…」も、またカバー・アルバムだから。とはいえ、同工異曲ではない。彼の原点であるボサノバで洋楽のスタンダードを味わい深く歌っている。

 ジョアン・ジルベルトの「あの夏…」をはじめ、「素顔のままで」(ビリー・ジョエル)、「ジャスト・ザ・トゥ・オブ・アス」(グローヴァー・ワシントンJr.)など。あえて聴く者の年齢を区切るなら45歳以上には涙もんのラインアップだ。

 洋楽育ちで、中学時代からバンド活動に熱中。ビートルズのジョージ・ハリスンに影響を与えた伝説のギタリスト、チェット・アトキンスをコピーする一方、ボサノバにも傾倒した。

 「ウチは姉、兄がいる6人兄弟で、僕は下から2番目。姉貴はセルジオ・メンデスやブラジル66なんかを持ってまして。なぜか僕はハービーマンというフルート奏者の『カミン・ホーム・ベイビー』が聴きたくて、500円で4曲入りという当時のコンパクト盤レコードを買った。その中に(ブラジル音楽の大御所)カルロス・ジョビンとかバーデン・パウエルがあって、僕の中の火がついた」

 今回のレコーディングは全曲リオデジャネイロで行い、気鋭のミュージシャンが集まった。どこまでも本物志向だが、本人の訳詞で歌った曲がいくつかある。「ステージで一番通じるのは、やっぱり母国語だよね」と、しみじみ言う。

 思えば80年代に「モンロー・ウォーク」や「スローなブギにしてくれ」で、日本オリジナルの“洋楽”を歌ってみせた先駆者のひとりだった。

 「当時の大滝詠一は、松本隆の書いた歌詞を全部ローマ字にしてから歌っていると言ってましたね。僕も日本語で歌いながら『R発音だ』なんていわれました。やっぱり意識したり、カッコつけてたんじゃないですか。でも、何枚か後からは、やっぱりおかしいと思いました。歌が伝えるのは言葉ですから。大切なのは言霊がいい感じに粘ったり、音程にぴったりミートしてるとか…いや、よく分かりませんが。ハッハッハ」

 昔話ついでに、バブル時代に流行った映画やドラマ、CMとのタイアップによるヒットはイヤじゃなかったか、聞いた。

 「いやいや。そんなのあっただけでも大ラッキーですよ。フック(きっかけ)ですから。自分で受け入れられないものは排除してきたし、息を止めるときは止めてきた」

 ――ということは、無理難題もあった?

 「もう忘れました、昭和の苦労は。食べていけないもん、やんないと。楽しかったですよ」

 発注が相次いだ時代と比べ、今はどの作家もアーティストも頭を抱えている。

 「音楽は飽和状態を超えていると思いますよ。街のどこにでもサウンドが付いている。“無音”なんて一番いいんじゃないですか。何をやっても驚かないしね」

 そう言いながらも爪を研いでいる。

 「ギターの練習をやり直しているんです。ボサノバのピッキングなんて難しいしね。60ですからおごらないようにしないと。ストックしている曲もあるんですが、どこに放り投げていいのか…。いやいや、話しすぎましたね」

 ペン・中本裕己 カメラ・寺河内美奈

プロフィール 南佳孝(みなみ・よしたか)1950年1月8日生まれ、60歳。東京都出身。明治学院大卒。72年に「リブ・ヤング」(フジテレビ系)のシンガー・ソングライターコンテストで3位になり、翌73年9月21日にアルバム「摩天楼のヒロイン」(松本隆プロデュース)でデビュー。この日、東京・文京公会堂で行われた「はっぴいえんど」の解散記念イベントへの参加が初ステージとなった。 79年、「モンロー・ウォーク」を郷ひろみが「セクシー・ユー」のタイトルでカバーし大ヒット。石川セリ、ラジ、松田聖子、沢田研二、中森明菜、薬師丸ひろ子らに100曲超を提供。自身のアルバムは「あの夏…」が28枚目。きょう8日、NHK「SONGS」(午後10時55分)に出演する。

 

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