ぴいぷる

【coba】アコーディオン一筋40年!ツアー始まる

2012.02.09


cobaさん【拡大】

 「石の上にも三年」というが、この人の場合はケタが違う。アコーディオン一筋40年。この楽器を奏でることを生業にしてから、実に20年が経った。歴史の重みはトレードマークのボーダーシャツが知っている。

 「高校時代から着続けていますね。意識的に集め出したのは、後になってからですけれど、今では1000着を超えました」

 筋金入りのボーダーシャツ好きであることが認められ、愛用するボーダーシャツの有名ブランド、仏セントジェームス社の社長もはるばる会いに来たほど。いちずに愛した自身の“制服”とともに歩んだキャリアの集大成「MONDO coba」(エイベックス)を1月にリリースした。

 「20年やったから20曲。テーマは感謝と挑戦です。アルバムの半分を占めるセルフカバーには、僕の姿勢に共鳴して応援してくださった方たちへの感謝を。もう半分の新曲で、新境地に挑戦しています」

 節目の1枚は、難産の末に生まれた。

 「いつも1週間ほど山ごもりして100曲ぐらいは書き上げるんですが、今回はいいのが1曲もできなかった。処女作超えを命題にしていたので、半端なものではダメ。悩んで悩んで、完成するのに納品ギリギリまでかかりましたよ」

 創作には震災も影を落とした。自粛ムードが広がる中、予定していたコンサートなどはキャンセルが相次ぎ、「4月のスケジュールが真っ白になった」という。

 被災者の役に立てないことに無力感を覚える日々。「音楽家をやめようかとも考えた」という。そんな自身の苦悩を打ち破ったのは、生涯の伴侶同然に過ごしてきたアコーディオンの存在そのものだった。

 「子供のころ、アコーディオンを練習していたら近所の人に『音が大きい』って苦情を言われたのを思い出したんです。待てよ、と。それほど音が大きいってことは電気を使わないでコンサートができるじゃないか、と気づいたわけです」

 昨年4月から1週間、横浜・赤レンガ倉庫のステージに毎日立った。5月の連休が明けるとアコーディオン1台を背負って、宮城、福島の避難所を回った。

 「避難所で被災者の方に地元の漁師歌の伴奏をリクエストされたんです。これまで僕は、アコーディオンを伴奏楽器として演奏することはなかったんですが、この時は違った。喜んでセッションしましたよ。あの経験は、僕のちっぽけなこだわりも吹き飛ばした」

 高校卒業後、「この楽器と運命をともにする」と誓って単身イタリアに渡った。以来、アコーディオンに身も心も捧げた男が、こだわりを捨てて切り開いた新たな地平。11日の東京・日本橋三井ホールから始まるツアーが、お披露目の場となる。

 「コンサートは2部構成。新アルバム同様、『感謝と挑戦』をテーマにしています。1部は、音楽とナレーションでつづる構成で、『cobaとはなんぞや』ということが一発でわかる趣向。新曲中心となる2部では、僕の挑戦を見てほしい。ステージを見て、お客さんが夢と希望を感じてくれればうれしいですね」

 ライブでは音楽とともに、愛したボーダーシャツへのオマージュとも言える仕掛けも計画中。そしてもうひとつ、自ら料理店のオーナーをつとめるほど愛してやまないイタリア料理にも、こんな“恩返し”を用意している。

 「食材別特別音楽メニューというのを考えています。僕の音楽に合う食材をチョイスし、その食材で作った料理を都内のイタリア料理店150店で出してもらうんです」

 耳と舌で美しいメロディーを味わい尽くせるというわけ。20周年を区切りにウイングは大きく広がっている。(ペン・安里洋輔 カメラ・大山 実)

 ■こば 1959年4月29日生まれ、52歳。長野市出身。アコーディオニスト、音楽プロデューサー、作曲家。3歳から音楽教育を受け始め、10歳の時に父親から誕生日プレゼントとしてもらったアコーディオンを始める。高校卒業後、18歳でイタリア・ヴェネツィアのルチアーノ・ファンチェルリ音楽院アコーディオン科に留学。同校を首席卒業し、91年に「シチリアの月の下で」でデビュー。世界的アーティスト、ビョークのワールドツアー参加や、バンクーバー五輪銅メダリスト、男子フィギュアスケートの高橋大輔(25)のプログラム曲なども手がける。今回のツアーでは11日から5月まで全国29カ所を回る。問い合わせはキョードー東京((電)0570・064・708)

 

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