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【屋良朝幸】ジャニーズ入りから17年…転機の29歳

2012.02.14

 正面を切る、という言葉が落語の世界にある。簡単にいうと、正面を向き、客と向き合うことだが、これがなかなか難しい。なぜなら、落語家は高座から客席全体に話しているが、客からすれば個人、つまり自分だけに落語家が話しかけているような印象を与えなければ、名人、上手とは呼ばれない。この日、初めて訪れた東京・有楽町のシアタークリエで主役が行ったのは、舞台へ上がって正面を切る所作に見えた。

 「2月1日でリーチがかかりました。29歳です。この年齢って、意外にも人生のターニングポイントになるみたい。演出家の玉野(和紀)さんは、29歳で転機があった。プレーヤーからプロデューサーになろうと思ったのがそうだったよ、と言っていました。共演する小堺(一機)さんも、29歳の時に(フジテレビ昼のトーク番組)『ごきげんよう』がスタートしたそうです。だから、ぼくにとっても、この舞台が転機になるんじゃないかって…。楽しみです」

 半年前、左足首につけていたミサンガが自然に切れた。4年前、スキューバダイビングのため訪れた沖縄・慶良間諸島のダイビングショップで購入したもの。ミサンガが自然に切れるのは吉兆といわれるが、買ったときに大した意味はなく、「きれいで、いいな。ついでにいいことがあれば」と気軽な気持ちでつけていたという。

 ジャニーズ事務所に入ったのは1995年。難関を突破して、ジャニーズ・ジュニアの一員に名を連ねても、成功が待っているとはかぎらない。実力は徐々に認知されていったが、主役にはなれなかった。そして、いつしか17年の歳月が−。

 「5年前ぐらいに、どうにかしなければいけないと思いました。それから3年前ぐらいまではかなり焦っていました。だって、いいトシでしょう。当たり前ですよね。でも、いくらあがいてもダメ。そこで、自分だけにしかできないことは、いったい何だろうって考えました。それがダンス。振り付けとか、そんな仕事をするようになったんです。だけど、満足できなくって、2年前に『デビューしたい。主役になりたい』と思うようになりました」

 芸能の仕事はゴールがない。冒頭の落語の世界では、噺家が真打ちとなるまで、前座、二つ目を経て、一人前として認められるまでに平均15年はかかるといわれている。一見、ムダなように感じる修業期間だが、この期間が一生を左右するのだという。修業と並行して高座の経験を積みながら、正面を切るけいこを行う。苦節何年とか、ベタな表現が似合わないジャニーズのブランドでも、ひとりぐらいそんなキャラクターがいてもおかしくはない。

 「自分が主演だといわれても、きょうステージへ上がるまでは実感がわいてこなかった。お客さんと舞台の距離が近くて、とてもいい緊張感になりそうです。いい意味で、舞台は初めて。やらなくてはいけない、と頭と体をガチガチにしてもいけないし、一緒に出ていただく皆さんは実力者ばかりですから、助けていただきながら、いい演技をします」

 4月10日に初日を迎えるミュージカル「道化の瞳」。すでに前売りが好調で、初日前に全日完売の見込みだという。やはり、注目はダンス。踊るといっても、そのカテゴリーは多岐にわたる。最もこだわっているのがストリートダンス。舞台ではタップなども披露する。

 「踊ることに自信はあっても、日舞だけはダメ出しされました。あなたには日本人の心がない、といわれましたよ」

 こうしたことがサラリと口にできるのも経験の賜物だ。

 プライベートでは個を大切にする。最近では4年ぶりのスノーボードを楽しんだ。かつては、マイケル・ジャクソンの振付師、トラビス・ペインに指導を仰ぐため、単身でロサンゼルスに渡ったことも。

 マイケルと聞いて、フレッド・アステアを思い出した。マイケルが最も影響を受けたと語っていたというダンサー。アステアは80歳を過ぎ、当時絶頂だったマイケルのムーンウォークをあっさりとマスターしてしまった伝説の人、品格と洗練を兼ね備えたビッグネームだ。

 「ダンスって、一生できるものなんですよ。だから、レッスンを積んで、もっと可能性を広げたい」。そういうと、自然な笑顔で正面を切った。(ペン・やなぎ喬) 

 ■やら・ともゆき 1983年2月1日生まれ。千葉県出身。ジャニーズJr、Musical Academy、舞闘冠などを経て、俳優、ダンサー、振付師として活躍。4月10日から東京・有楽町のシアタークリエで上演されるミュージカル「道化の瞳」で舞台単独初主演を果たす。幼少時から座右の書は「魚図鑑」。その影響から、スキューバダイビングが趣味で、最も好きなのは鮫。「いつか鮫と一緒に泳ぎたい」が夢。

 

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