ぴいぷる

【柳家喬太郎】売れっ子“落語家”欠点は真面目すぎること

2012.07.12


柳家喬太郎【拡大】

 立川談志は、落語の本質を「人間の業(ごう)の肯定」ととらえていた。今回、インタビューした超売れっ子も、亡くなった天才と感覚が近い。落語の、「出てくる人間たちがいきいきしているところ」にひかれている。

 「道徳的にいえば負の部分もさらけ出す。なかには、恥ずかしげもないお涙頂戴の噺(はなし)もある。そういうものを全部引っくるめて、そこに生きている人間たちがいきいきしている、ってところが好きですかね。映画も、演劇もそうなのかもしれないけれど、ことのほか落語にはそういうものを感じます」

 柳家さん喬に入門してこの世界に飛び込んでから約23年になる。日大在学中は落語研究会に所属。賞を受賞したり、テレビのお笑い番組にも出ていたため、そのままプロになると誰もが思っていた。ところが、卒業後は大手書店に就職。もともと本好きだけに仕事は充実していたものの、落語への情熱は消えるどころか、ますます盛り上がり、サラリーマン生活には約1年半で終止符を打った。

 弟子入り当初、師匠にこんなことをいわれたそうだ。

 「ゼロからじゃない。マイナスから(のスタート)だよ、お前は」

 大相撲では、学生時代の実績があると、幕下付け出しというプラスの立場からスタートする。しかし、落語の世界は「全然逆です」という。

 「素直に修業を始めるということにおいては、なまじ落研でやっていたことは垢(あか)みたいなもの。それを落とさなきゃならない。素人のころにやっていた古典落語は今でもできませんね」

 話の随所から、生真面目さが伝わってくる。本人は「まじめというより面白みがない。陰気なんじゃないですかねぇ」というが、たしかに目の前の人物は、きわめてもの静か。ときに座布団からはみ出る躍動的な高座姿など想像もつかない。パァパァしゃべりまくる落語家というより、もの憂げな芸術家といった風情だ。

 何年か前、高校時代の恩師に「君の欠点は真面目すぎるところ」といわれた。卒業以来、初めての会話。たった1年だけの担任ながら、はっきり覚えていたことに驚いたという。「あのころのまんま、年だけ食ってしまった感じ」と振り返る。

 芸人にとって真面目さは武器だ。コツコツと稽古と経験を積み重ね、絶えず芸を研いていく。稲作が根底にある日本文化では、まじめに同じことをコツコツ繰り返す姿勢は美徳とされる。

 しかし、ものごとには両面がある。芸人向きの真面目さが、ときに自分を苦しめてしまう。

 「(仕事の依頼を)断れないんです。気が弱いんですよね。休もうと思った日に仕事を頼まれ、『あ、そこ休みにしているのですみません』って言えないんですよ。『休み? 何を生意気言って。たかが芸人のクセしやがって』と思われるだろうな、って考えちゃう。お給料の世界じゃないから、『ここで嫌われたら次はない』ともね。もちろん、忙しいなんていう弱音自体、生意気で、ぜいたくを言ったら仲間に怒られちゃうのは分かっていますけれど…」

 伝統文化の継承者は、地道に芸の道を歩む姿勢だけでなく、「NO」といえないところまで何とも日本人的だ。

 「今、引き出しが空っぽなんですよ。古典落語の持ちネタだけじゃなく、新作落語も。例えば笑福亭鶴瓶師匠のように、忙しくしているとますます面白くなるタイプの方もいらっしゃる。僕なんかは日常生活での出来事や、本を読んだり、刺激を受けたり。そこで起きるバカバカしさも含め、笑ったり泣いたりすることが、落語にいきてくると思うんですよね」

 葛藤をどのように克服し、引き出しを埋め、人物がいきいきした落語を演じていくか。現在、48歳。難局の後に控える50代、60代の活躍が楽しみになる。(ペン・久保木善浩 カメラ・高橋朋彦)

 ■やなぎや・きょうたろう 1963年11月30日生まれ、48歳。東京都出身。日大商学部卒。89年、柳家さん喬に入門、前座名はさん坊。93年、二ツ目に昇進して喬太郎を名乗る。2000年、12人抜きで真打昇進。国立演芸場花形演芸会・大賞など受賞歴多数。師匠譲りの話芸を基盤とした古典落語、独自の新作落語とも高い評価を得ている。出囃子は「まかしょ」。

 8月3日午後7時開演の「権太楼 喬太郎 桃太郎三人会」(夕刊フジ主催)に出演。全席指定。前売り券(3500円)は電子チケットぴあ(電話0570・02・9999)などで販売中。

 

注目情報(PR)