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【千葉真一】肉体は俳優の言葉なり!演技表現は体力勝負だ

2012.09.26


千葉真一【拡大】

 ロンドン五輪開幕前、母校(日本体育大学)関係者の五輪壮行会に出席した。

 「役者を50年経験して言えることを皆さんに伝えてきました。僕は日体大に映画学科をつくるように理事長に申し上げています。体操と新体操には素晴らしい逸材がいますからねえ。特に田中理恵ちゃんがイイ。彼女には色気と華がある。うちに預けませんか? と理事長に打診しているんですが…」

 自身も東京五輪を目指していた。ところが大学2年の夏、体操選手として致命的なケガを負う。もし、ケガをしなかったら…。

 「俳優にはなっていませんね。体操の指導者になっていたと思います。人に教えることが好きなんです。大学1年のとき、教えていた高校の後輩が全国大会で3位になった。そのときに指導者の喜び、感動を知りました」

 芸能界でも「指導者」として知られている。1970年にアクション俳優を養成するジャパンアクションクラブ(JAC)を創設。志穂美悦子、真田広之らのスターを育てた。

 「悦ちゃんは最初、JACの試験に落ちているんです。僕は満点をつけた。だけど、他の審査員は×。でも、僕の感性は違ったんですよ。このコはやり方によっては素晴らしい女優になるぞ、と思いました」。お眼鏡どおり、志穂美はその後、日本初の人気アクション女優となった。

 その育成法は独特だ。

 「最初は演技もアクションも教えません。まずは肉体訓練。僕の教え方の根本は『肉体は俳優の言葉』。まず、しっかりとした肉体がなければ演技表現はできないんです」

 教えることの大切さは、自らが教えを受けた経験から学んだ。

 「今後、監督業にも力を入れたいと思っています。“あの人”の演出法、脚本のリズムを伝承できるのは実際に現場にいた僕らだけですからね」

 あの人とは故・深作欣二監督。深作氏の初監督映画『風来坊探偵』シリーズに主演して以来、多くの作品に関わった。

 「現場では助監督のように後ろに張りついて演出を盗んでました。『千葉ちゃん、俺はああやれこうやれ、と言わない。俳優っていうのは現場にいろいろと考えて持ってきてくれるものなんだよ。俺らは俳優が持ってきたイイモノをかっぱらうだけ。持ってこれない役者を、俺は2度と使わねぇんだ』と…」

 すでに1500本の作品に出演しているが、俳優としての壁をぶち壊したのも深作作品だという。たとえば、『仁義なき戦い〜広島死闘篇〜』(73年)で演じたシリーズ最狂の傍若無人キャラ「大友勝利」。

 「でも、こんなヤツにもイイところはないものか? と考えました。お坊ちゃん育ちの間抜けさ、ばかさ加減を表現したかった。そこで、ヒットマンから拳銃向けられてあたふたと段ボールで身を隠す、という芝居を持っていったんです。記者会見のシーンで股間をボリボリ掻く。あれは、監督のアイデアだったなあ。ははは」

 そんな役者経験から得た「肉体は俳優の言葉」という考えを当然自らも実践している。分厚い胸板に伸びた背筋。この年齢で、信じられない肉体を維持している。

 「今は映画に備えて体重を落としているんですよ。トレーニングは週に3回。大切なのは食事の方法。まず、たらふく食わない。身体を飢餓状態にしてサーチュイン遺伝子(長寿遺伝子)を活性化させることが大切」

 備える映画とは?

 「チンギス・カンの父(イェスゲイ)を主軸にした『THE FATHER(仮題)』という作品が進行中です。僕が原作を書きました。それと、来年2月にも1本。そのほかにジャッキー・チェンとの作品、息子との共演企画も…。契約の問題があるので詳しくは言えないんですがね」

 と前置きし、構想中の作品から、具体的に進行している作品の内容、企画まで、熱く丁寧に語ってくれた。

 「そういえば、歴史上の人物って演じてないなぁ。あ、幕末の志士もやってない。まだまだやらなきゃいけないことがあるねぇ」

 熱い73歳を、見習いたい。(ペンとカメラ・永瀬白虎)

 ■ちば・しんいち 1939年1月22日生まれ、73歳。福岡県出身。59年に日本体育大学を中退し、東映にニューフェイスとして入社。60年、テレビドラマ『新七色仮面』で主演デビュー。69年から『キイハンター』に出演し、国民的な人気を博す。以後、出演作は国内外で1500本超。『戦国自衛隊』(79年)ではアクション監督、『キル・ビル』(2003年)では剣術指導など、演者以外での才能も発揮している。

 

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