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【本田博太郎】思い出深い岡本喜八監督との仕事

2014.08.01


本田博太郎【拡大】

 役者として、いつも意識している言葉がある。「勇気」である。

 「カメラの前に立ったとき、何が必要かというと、芝居や演技じゃないんです。勇気なんです。いつもそれを意識していないと、表現者として細くなりますね」

 60歳をすぎてますます実感するという。演劇界で語りぐさになっていることがある。1979年、『近松心中物語』で主役の平幹二朗が開演前日に腰を痛め降板した。そのとき、演出の蜷川幸雄氏から代役に抜擢された。当時、無名だった。

 「この芝居にはその他大勢の一人で出ていたし稽古は初めから見てましたから、蜷川さんの『世界観』は知ってました」

 とはいっても本番の前日に突然の主役である。

 「まったく異次元の世界にポンと入ってしまったわけですから、夢の中の物語みたいなもんでしたよ。ストレスでヘルペスはできるし食べたものは全部吐いてしまうし。台詞を全部覚えられないので、ソロバンのところに台詞を書いたメモを貼り付けたりして、なんとか乗り切りました」

 これをきっかけに注目をあびるようになった。自身は、このことに触れたくないという。

 「三十何年前のことですからね、アイツまだ語ってるのかと思われるのが、嫌なんです」

 過去がどうであれ、今どのように生きているかが役者にとって大事であり、それが演技に無意識のうちに反映する。

 「特に60を過ぎると、演技とかは置いといて、生き方というか、人となりですね。黙っていても自然に浮かびあがってくる魅力的な生き方です。それがないと、醸(かも)してくるものがないわけですよ。近松心中のとき、僕は28歳で、力なんてないですよ。蜷川さんは僕の力量を買ってくれたんではなく、僕の生き方に何かひっかかったんだと思います」

 茨城県の水戸に4人兄弟の3男として生まれた。母親が早く亡くなったこともあり、父親は映画に娯楽をもとめた。

 「子供のとき家にテレビもなかったんです。それで、父親は僕をつれて毎週のように近くの映画館に行く。暗闇の中で僕は大人の世界を垣間見てしまうんです。人間の業(ごう)とかエロチシズムとか、大人の世界を見て、暗闇の中の世界はスゴイなと思うワケです」

 高校卒業後、家出同然で東京に出て、作業員の安普請のようなところに住みアルバイト生活をつづけた。劇団なるものがあることも、上京後に初めて知った。やがて文学座の研究生をへて劇団青俳に。そして蜷川演出の「近松」と出合ったのである。

 以後、映画やテレビに軸足を移し、存在感のあるバイプレーヤーとして数えきれないほどの作品に出演した。

 「いろいろな方と出会い、それぞれの思い出がありますけど、なかでも岡本喜八監督との仕事が印象に残ってますね。『英霊たちの応援歌』をはじめ『近頃なぜかチャールストン』など、5、6本の映画に出させていただきました」

 いわゆる「岡本組」のメンバーでもある。亡くなったあと、2007年、NHKでがん告知から死に至る岡本監督のドキュメンタリー『神様がくれた時間』が放送され、喜八役を演じた。妻役は岡本作品で女優デビューした大谷直子だった。「あれで、喜八監督へ追悼の意を示せたんではないかと思います」

 『必殺仕舞人』ほか必殺シリーズでお世話になった工藤栄一監督や、京都で『鬼平犯科帳』を撮っている大ベテランの井上昭監督等々、良い出会いが続いた。

 「みんな、役者の僕というより、僕の生き方、つまり人となりを見てくれてる気がするんです」

 仕事以外で力をいれているのは書道である。

 「緒形拳さんの書の個展を見に行って、少しでも近づけたらと真似ごとから始めたんです」

 いつのまにか『眠狂四郎』や『悪いやつほどよく眠る』などテレビドラマのタイトルを書くまでになった。

 「もともと僕は職人が好きなんですよ。職人っていうのは理屈でなく体で覚える。これがいいんですね」

 映画とテレビがメーンで、ナレーションの仕事はするが、舞台には出ない。

 「映像の深さというものを知ってしまったんですよ。人となりが全部映ってしまうし、それに耐えられるものをもっていないといけない。怖いことですが、それが映像の魅力でもあるんです」

 淡々と言葉を選ぶようにして語り、すでに枯淡の味わいさえ漂わす。さらにどんな円熟した演技を見せてくれるか楽しみである。 (ペン・香取俊介 カメラ・蔵賢斗)

 ■ほんだ・ひろたろう 俳優。1951年2月8日、茨城県生まれ。63歳。文学座演劇研究所をへて劇団青俳に。『近松心中物語』の舞台の代役で一躍脚光をあび、以後、工藤栄一監督の「必殺シリーズ」や、井上昭監督の「鬼平シリーズ」、『新宿鮫』や『砦なき者』などのテレビドラマに。映画は『下妻物語』や『ゼロの焦点』等多数。

 最近作は京都太秦(うずまさ)の撮影所を舞台に「斬られ役」をあつかった映画『太秦ライムライト』(公開中)で、主人公を支える演技課長として出演。

 TBS系で放送中の連続ドラマ『ペトロの葬列』(月曜午後8時、宮部みゆき原作)では主人公のよくいく喫茶店のマスター役としてレギュラー出演。また若手ミュージシャン・グループ、ケツメイシのプロモーション・ビデオ『親父のメール』に味のある父親役として出ている。

 

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