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【経営者目線】平成の最後に思う被災地の未来… 震災後に感じた「陸前高田は日本の縮図」

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 5月1日から「令和」となった。連休中は鹿児島県屋久島の宮之浦岳登山で休暇を過ごす予定だ。宮之浦岳は九州最高峰の1936メートルで、登山は往復6時間、なかなかハードだが、今回で93回目になる。大自然の中での登山は、心の瓶(かめ)を水で満たしてくれるような時間で、重要な経営判断や人生の決断なども、ここで多くしてきた。

 さて、平成最後のこの時こそ被災地の未来の話をしたいと思う。私が出馬した東京都知事選直前、2011年3月11日、東日本大震災が発生した。ワタミグループが支援する公益財団とともに即座に被災地にトラック33台で水や食料などの物資を届けて以来、私なりの活動を続けている。

 都知事選では、「全国青年市長会」が私を応援してくれた。その中に陸前高田市の戸羽太(とば・ふとし)市長がいた。そういった経緯から都知事選後、戸羽市長から、市長の補佐役「参与」の打診を頂き快諾した。今思えば、「東京を経営する」より、「陸前高田市の経営のお手伝いをする」ことになったのは、天命にも感じる。

 私はまず、どんな形でも、もう一度、地元の経営者に商売をしてもらおうと考えた。そこで震災から5カ月後の8月末、地元の小学校のグラウンドで「~街おこし・夢おこし~」と題した大イベントを企画、2万人弱が来場した。75の地元のお店がブースを出店。どこも大盛況で、経営者としての誇りや、やりがいを取り戻してもらった。

 次に、働く場所がないという声にふれ、ワタミの宅食では陸前高田にコールセンターを立ち上げ100人弱の雇用を生み出した。

 さらに、私は地元の中小企業経営者を対象に、経営塾を開いた。最初はいくら説いても「そんなこと言ったって」という弱気な人が多かった。しかし、こちらも本気で経営相談にのり続けた。今では、商売再建を見事に成し遂げ活躍している“教え子”が多くいる。

 一番感じたことは、「陸前高田は日本の縮図」だということ。震災以前から少子高齢化や人口減少が進んでいた。震災はそれに拍車をかけた。少子高齢化のなかで高齢者が働ける環境や、地元の中高生が都会に出ていかない抜本的な自治体経営が何より必要だ。

 私も、参院復興委員であったが、現在の国の復興政策は、インフラ・ハード面が中心である。ソフト面の戦略がいまいち見えない。道路などの「復旧」はしているが大事なのは「復興」だ。国が使途を決めて地方に下ろす補助金では首長の施策も現場の声が届きにくくなる。

 私は「復興」のため、(1)人を呼び込む魅力的な場所をつくる(2)街の特産品をしっかりと「ブランディング」し世界にモノを売る(3)たとえば法人税の減税などを大胆に打ち出し、被災地に本社機能を持たせ、全国に支社を広げる、拠点構想などを提言し続けている。とはいえ、被災地で大きな夢を描き本気のビジネスをいざ始めるとなると大変だ。しかし私自身、国政を退いた後は陸前高田で経営者として本格的に事業をやろうと、事業計画書を書き始めている。

 人生は登山に似ている。準備をしっかりして一歩ずつ目標に向かう。連休中の登山では、未来をしっかり考える時間としたい。(ワタミグループ創業者・参院議員、渡邉美樹)

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