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野口悠紀雄氏、独占インタビュー 世界の大きな変化に気付かなかった日本 平成の失敗を令和に生かすために… (1/2ページ)

■自分こそがプレーヤーという意識を持て

 日本経済にとって「失われた30年」と言われた平成が終わり、令和が始まった。バブルに狂乱し、金融大崩壊に震撼した時代、われわれは何をなくし、今どんな課題と直面しているのか。『平成はなぜ失敗したのか 「失われた30年」の分析』(幻冬舎)の著者で経済学者、野口悠紀雄氏を独占直撃。新時代を生き抜くために同じ轍を踏むわけにはいかない。 (聞き手・森本昌彦)

 平成を通じ、日本の国際的地位は一貫して低下していった。その意味で、日本はこの間、経済的に失敗した。

 例えば、平成の初めごろ、中国は日本に比べると、取るに足らない存在だった。ところが、日本のGDP(国内総生産)に追いつき、今では2倍ほどの規模になった。

 米国もこの間に成長した。1990年代初め、日本の1人あたりのGDPは米国より高く、豊かだった。それが米国に抜かれ、現在はかなりの差がついている。

 日本の国際的地位が低下した要因について、私は日本人の「慢心」にあると考えている。日本は80年代に輸出で世界を制覇した。つまり、日本の経済力がこの時期に拡充したことで、多くの日本人が「日本は優れた国だ」といい気になってしまったのではないか。

 一方、80年代から90年代にかけて、世界では非常に大きな変化が起こっていた。それは、中国の工業化やITという新たな技術の登場だが、日本人は気がつかなかった。譬(たと)えていうなら、日本人が眠っている間に、世界が大きく変わってしまったということだ。

 ジュリアナ東京というディスコは、日本人がバブルの崩壊に気づけなかったことを示している。バブルの象徴とみられるジュリアナは80年代にできたと思っている人が多いが、オープン(91年)は株価下落が始まってから1年半近くも後だった。つまり、経済が崩壊しつつあることに目を向けず、日本人は踊り狂っていた。

■対照的なシャープと米アップル

 その後も日本人は変わらなかった。2000年代になって輸出に支えられ、日本の製造業は一時的に復活したように見えたため、日本人はまだ問題に気がついていなかった。その顕著な例として、液晶テレビで知られるシャープの亀山工場がある。

 一つの工場で部品から最終製品まで作る「垂直統合型」で、今までの製造業の極限的存在だった。ところが、世界ではその頃、「水平分業」で製造業を展開する動きが起きていた。その典型が米アップルだった。

 アップルは米国の工場をなくし、アジアのいろいろな工場で部品を作って最終的な組み立てを中国にあるフォックスコンで行った。

 シャープとアップルの違いは、はっきりとした形で現れた。シャープはフォックスコンの親会社である台湾の鴻海(ホンハイ)の傘下に入った。アップルは時価総額で世界トップの企業となり、日本人は「水平分業」が進展していたことに気がつかなかったのだ。

 いまだに日本人には危機意識が感じられない。

 それを象徴しているのは、高速大容量の5G(第5世代)移動通信システムだ。5Gの基地局という通信インフラは中国の華為技術(ファーウェイ)、スウェーデンのエリクソン、フィンランドのノキアに独占され、日本企業は競争力を失っている。5Gのスマートフォンでも日本メーカーは見る影もない。

 危機的状況であるにもかかわらず、そう指摘する人はほとんどいない。今年のゴールデンウイークは10連休となった。残業の上限規制を盛り込んだ働き方改革関連法案は、「働いてはいけない」と言っているに等しい。こんな状況では、日本と世界の差はさらに開いていくことになるだろう。

 世界は今、猛烈なスピードで変わっている。その変化には、利用できることがたくさんある。例えば、AI(人工知能)には、人の職を奪うという側面はあるが、むしろAIを利用して新しい事業を展開するという発想をするべきだ。

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