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【定年後の居場所】地道な努力は実を結ぶ 研究会で出会った人からうれしい知らせ

 定年退職して気が付くことの一つは、自分に来る郵便物が減ることだ。退職した翌年の年賀状が激減したことに驚いたという声を取材で聞いたことがある。元営業担当の部長は、取引先や業者からの中元や歳暮が届かなくなったと笑いながら嘆いていた。

 一番たくさん郵便物が来るのは、もちろん正月の年賀状だったが、次に多いのは4月から5月に来る退職や転勤の挨拶状だ。私もそうだったが、4月に転勤になって、仕事も少し落ち着いた4月下旬やゴールデンウイーク中に書くことが多かった。最近は、メールの一斉送信で連絡する人もいる。しかし、定年退職して4年もすると会社関係の挨拶状はほとんど届かなくなった。

 ただ今年は、何枚か気になるものがあった。連休中には、私が大変お世話になった知人から退職を知らせるはがきが届いた。初めて出会った時は週刊誌の記者だったが、後に編集者として活躍。退職後は、フリーランスとして独立するそうだ。今までの感謝と今後も活躍してほしいという気持ちが湧いてくる。

 もう一枚は、私が主宰していた研究会で数年前に出会ったH氏からのものだ。50代でメーカーの海外勤務から日本に戻り、それ以降どのように働くかで迷っていた。彼はビジネスパーソンのキャリアについて関心を持っていたので、拙著を読んで研究会に顔を出された。

 当時、H氏は会社を退職して社外に活路を見いだすことも考えていた。私は「社内でキャリア相談の仕事などができればいいですね」とコメントしたことを覚えている。各部門を経験した50代後半の社員をキャリア相談の担当者に充てている会社を知っていたからだ。

 その後、H氏の思いが通じたのか、人事部に異動になって中高年社員の活性化策を検討したり、定年退職に向けたライフプランセミナーの講師や社員のキャリア相談の仕事を担当することになった。

 また彼は、会社の仕事と並行して大学院に通い、ビジネスパーソンのキャリア課題について研究を続けていた。多くの人への実際のインタビューとアンケートを実施して修士論文を書き上げて卒業した。その内容を学会で発表する機会も得たそうだ。その後、今までまとめて取り組めなかったことをやるために、先の見通しはなかったが早期退職して研究を続けた。

 そしてこの4月から、大学の専任講師の職を得て、キャリア論などを大学生に教えるとともに、キャリアアドバイザーとして活躍する場も確保できたそうだ。試行錯誤を経ながら、6年かけて会社の仕事と並行してやってきたことが実を結び、目指していたセカンドキャリアのスタートラインに立ったことが文面からも伝わってきた。読みながらこちらもうれしくなってきた。

 自分の進みたい方向に地道に努力することがいかに大きな力になるかを思い知らされた。会社の仕事との相乗効果もうまく生かしている。私と同じく会社員から大学で仕事をすることになった仲間として、H氏と情報交換できることを楽しみにしている。

 ■楠木新(くすのき・あらた) 1979年、京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。50歳から勤務と並行して取材、執筆に取り組む。2015年3月、定年退職。現在、神戸松蔭女子学院大学教授。人事・キャリアコンサルタント。25万部を超えるベストセラーになった『定年後』(中公新書)など著書多数。19年2月に『会社に使われる人 会社を使う人』(角川新書)を出版。

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