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【高嶋ひでたけのラジオ“秘”交友録】橘家円蔵&談志、伝説の台本なし“アドリブ合戦” まさに「言葉のイリュージョン」

 桂歌丸師匠が亡くなられて、間もなくひと月がたつ。テレビでは連日、歌丸師匠の偉大さが放送された。

 NHKも含め、その報道に異論はないのだが、一方で「笑点」がなかったら歌丸師匠の訃報はどう伝わったのかなと、あまのじゃくな気持ちになったのは私だけではないと思う。

 そして、歌丸師匠の弔辞を読んでいた桂米丸師匠(93)の姿を、ニュースで見て失礼ながら「おっ、お元気なんだ」とびっくりした次第。

 かつて落語人気を支えたのはラジオだった。そしてラジオの中心は落語家さんだった。特に昭和40年代、ニッポン放送の「談志・円鏡歌謡合戦」や文化放送「午後2時の男」など、ラジオをつければ落語家の声。わけても「談志・円鏡歌謡合戦」は伝説だ。木魚をたたきながらまったく台本なしのアドリブ合戦、ナンセンスフレーズの応酬、「言葉のイリュージョン」といわれた。

 特に2015年に死去した月の家円鏡(八代目橘家円蔵)さんの人気はすごかった。ある日の上野鈴本演芸場。やんやの喝采の中、登場した円鏡さんは「いやなんてったって忙しくって。ワタシもこんなところに座って無駄口きいてる場合じゃない。すぐニッポン放送に行かなきゃなんない」。これでどっとウケる。続いて「今日はまだこうして座ったけど、明日からはもう座らないで高座を通り過ぎるだけにする」。こんなしゃべりにすら、嫌みを感じなかったほどのすさまじい人気者だった。

 私も落語好きだが、30代の頃「お笑い昼休み」という公開録音番組の司会をしたことがある。失敗も数々あったので後日皆さんに聞いていただきたいと思う。

 ■高嶋ひでたけ(たかしま・ひでたけ) フリーアナウンサー。1942年生まれ、神奈川県横須賀市生まれ。明治大学卒業後、65年にニッポン放送に入社。『オールナイトニッポン』などに出演。深夜ラジオでは“ヒゲ武”の愛称で親しまれた。80年代からは『お早よう!中年探偵団』『あさラジ!』などで“朝の顔”として活躍してきた。1990年からフリー。

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