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丸山議員の“酒癖”など相手にしている暇はない 戦争ごっこに大山鳴動も…帝王の「ご乱心」はスルー? (1/2ページ)

 先日、『バイス』という米映画を見た。米政府を批判的にとらえた、かなり政治的要素の強い映画なので、アメコミヒーローもののように大ヒットするわけもないが、かなりの秀作だった。

 物語はジョージ・W・ブッシュ政権の副大統領ディック・チェイニーが大統領の陰に隠れながら秘密主義なリーダーとして強権をふるい、同時多発テロ事件をきっかけに利益追求のためにイラク戦争へと導いたという、ネオコン政治批判の「歴史再現映画」であった。

 映画ではさすがにチェイニーたちの、さらに奥にいる「例の親玉」の辺りまでは、具体的な表現をボカしていたが、これを「真実」として受け止めるならば、アメリカは本当に怖いものである。

 やり方としては、任侠道を忘れ去った暴力団のようなもので、無駄に腕力があるだけに最も性質が悪いという奴である。

 そんな最中、丸山穂高議員の戦争による北方領土の奪還論が世間をざわつかせた。

 私は以前から、彼がその手のことを言う「極端」な方であると認識していたので、その「ばかげた発言」自体にはあまり驚きもしなかった。ダメダメ通常運転というやつである。

 こういうときに日本はすぐに「議員辞職」しろと騒ぐが、私は議員へのそういう反応はあまり意味がないと感じてしまう。それは製造者責任を忘れてしまっているからだ。

 丸山穂高議員の“風味”を分かっていながら、衆議院議員にまで押し上げた、有挙者1人1人の責任はどうなのだと思ってしまう。

 もし仮に私がかつて彼に1票を投じていたのならば、私にも今回の騒動の一端があるのは明白である。政治家と選挙民の関係とはそういうものであるはずだ。

 また、橋下徹元大阪市長も自分のSNSで「このような国会議員を誕生させたのは僕の責任」と語っている。

 私たち中高年も、ワイドショーや新聞を見て血圧を上げる前に、選挙を大事にしようと、大人として、あらためて周りに伝えるべきだと思った。

 政治とは時として、世界を滅ぼすモンスターになるのは、前記の米映画でも語られていることだが、そのモンスターを作るのは政治家ではなく、何を隠そう選挙民なのである。

 しかし皮肉なことに、丸山穂高議員の「戦争奪回発言」が世間を騒がせている最中、トランプ大統領は「アメリカと戦う気なら、イランは正式に終わりだ」と発言した。

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