zakzak

記事詳細

私は「働かないおじさん」ではない! 怯えながらも繰り返す“正しい毎日”

 昭和用語である「窓際族」という言葉を、今の若い連中は知らないという。しかしそれに取って代わり、悪い意味で進化した存在として「働かないおじさん」という言葉が流行り出している。

 「窓際族」という言葉は出世コースから外れ、実質的な業務を与えられずに窓際の席で新聞を読んでいるような、閑職の中高年サラリーマンを揶揄する言葉である。

 しかしこれは終身雇用制度が企業にまだ存在した昭和という時代ゆえ、成立した「風景」とも言えるだろう。企業にまだそういう「余人員」を保持できる余裕があったということである。

 だが「修羅の時代」へと変わり、「窓際族」で終えられたような人材もいや応なく働かないわけにはいかなくなった。

 だが経済環境の変化は激しく、情報技術などの進化は日進月歩。

 そんな時代を生きている新世代からすると、バブル時代のさび付いた金科玉条から抜け出せない「少数」は、逆に自己保身のために意図的に足を引っ張るケースもあると批判されている。

 つまり無駄な給料を払っているが、他は無害であった「窓際族」に対して、「働かないおじさん」というのは、実害があるというのだ。

 若いサラリーマンたちからこうした話を実際に聞いて、まさにその「世代」である私は胸の詰まる思いになった。

 その「世代」の1人として、「働かないおじさん」が安酒を飲みながら「バブルがまた来ないかな」などと最後は神頼みになってしまう気持ちも理解できる。

 だが同時に、私は自分が「働かないおじさん」ではないと強く断言する。

 その理由は何かと言うと、「働かないおじさん」であるかないかの最も大きな分かれ目は、実質的に残っている15年くらいの「現役期間」を、逃げるようにいち早く通り過ぎたいと考えているか、逆に、いかに長くそこで暴れ続けたいかと考えているかである。

 また私たちの「仕事」というのは、駅前の定食屋さんのようなもので、出すメニューがうまいかまずいかだけの、戦略なしの繰り返しだ。

 おいしければ客は自然に増えて行列ができ、まずければあっと言う間に閑古鳥。またいくらおいしくても、メニューが豊富でなければ、飽きやすい客はすぐに冷たく去っていく。または隣に新店舗ができて、あっとお客の心も移ろいでいく。

 実際に、20歳から30年以上もそんな毎日の繰り返しを経験してきたが、今でもちょっとでも気を抜いたり慢心したりしたら、半年もしない間に閉店するようなリスクの人生だと覚悟している。

 正直言うと、慣れてはいるものの、怖い毎日の繰り返しである。毎日、のれんを下ろすたびに、「明日またお客さんが来てくれるかな」と心配になるのだ。

 そして心配だから、今日出したメニューの味を再点検して、新メニューを考え、明日の仕込みをしないとゆっくり寝られない。

 このペースを維持し、さらにアップしていくのは、時々しんどくなってしまう。だが、いつまでもおいしいメニューの「老舗定食屋さん」でいられるか否かは、ここからの50代は、この正しい繰り返しを毎日していくしかないとも分かっている。

 ■大鶴義丹(おおつる・ぎたん) 1968年4月24日、東京都出身。俳優、小説家、映画監督。88年、映画「首都高速トライアル」で俳優デビュー。90年には「スプラッシュ」で第14回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。

 主な出演番組は「アウト×デラックス」(フジテレビ系)など。6月15~24日、新宿花園神社特設テントで公演の舞台「蛇姫様 わが心奈蛇」に出演。

関連ニュース

アクセスランキング