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欽ちゃん、大学を自主退学 頭の使い方違う「勉強」と「笑い」

 萩本欽一さんが「これからの2年間を笑いの仕事に集中したい」と、4年前に社会人入試で合格した駒沢大学仏教学部を自主退学した。

 週刊文春の連載エッセーによると、欽ちゃんは大学生活の4年間で「勉強の頭」になり、コント番組を作ろうとしたとき、「笑いの頭」に切り替わらなかったんだとか。欽ちゃんにとって、笑いというのは「ひらめき」で、それはお笑いのことを四六時中考えて、初めて生まれるという。

 かつて私も、テレビ番組の制作をしていたときは、ベッドの横にボールペンとノートを置き、1日に企画書を100本書くことを自分に課していた。1日中、バラエティーの企画を考えていた。だから、その気持ち、少しはわかる。

 欽ちゃんはお笑いを捨てて大学に行ったわけではなく、お笑いの新しい可能性を探るために大学に行ったんだと思う。「笑いと仏教」をテーマに卒論を書こうとしたことでもわかる。

 ただ、卒論は卒業に必要な単位の科目を登録しないと提出できないので、大学ですべきことがなくなると思ったという。勉強だけでなく、大学の空気などはある程度もモノにできたんじゃないか。

 私は2年前の秋、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の大学院に入学した。当初、新入生に対するガイダンスが英語だったことなどに戸惑った。さらに、研究発表で面白いことを言っても、「テリーさん、それはただのフレーズです。論理性がまったくない。万人の理解を得るには、データをきちんと検証していくことが必要です」と何度も言われた。

 テレビ番組の制作会議で、「それ、面白いね」「その発想、いいね」と言われるようなことを40年も考え続けてきた。もちろん、ひらめきや着眼点のよさというのは必要だけど、大学の研究ではデータを検証する地味な仕事の繰り返しだとわかった。

 何十年も思いつきでアイデアを出していたから、「学ぶ」という基礎体力がまったくなかった。まったく脳の運動をしていない人間が、キャンプもせずに、いきなり公式戦に出るようなもの。

 で、最初の1年は三軍で練習するつもりで、基礎学力の期間に充てた。いままでやったことのない思考回路を使うのは、けっこう楽しいものだ。

 ということで、私の場合は今年の秋に卒業予定なんだけど、何の実績もないので、担当の教授に「もう1年、いてよろしいですか?」と頼んでOKしてもらった。この1年、団塊世代の心理をテーマに研究する予定です。

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