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「小学校の音楽の授業のときって、なにしてた?」

 前回は、多くの人が「大人になってから楽器を習う」ことについてためらいがあり、その原因は小学校の音楽の授業にあるのではないか、というお話をしました。(【大谷能生 ニッポンの音楽教育150年間のナゾ】小学校の音楽の授業で、僕たちはいったい何を習ってきたんだろう?

 実際、ミュージシャンやライターの友人に、「小学校の音楽の授業のときって、なにしてた? なにを習ったか覚えている?」みたいに聞いてみても、

 「覚えてないなあ」

 「合唱はやったよね。モルダウとか。スナメタ。あれ、スメタナ?」 

 「えーと、赤と青のカスタネットをさ、入れる袋を母が名前入りで作ってくれたのね。それが嬉しかった。」

 などなど、みんな、授業でどんな「音楽」を勉強したのかには、具体的にはまったく思い出せませんでした。

 小学校低学年で教わることは、たとえば「あいうえお」の読み書きみたいな、これから勉強することのためのセットアップに必要な、いわば基礎工事みたいなものですから、その上に積み重ねらてゆく知識に埋もれて、もはやそれを勉強したことを思い出す必要もない「あたりまえ」のものになってしまうことが多いのではないかと思います。算数とかはたぶんそうですよね。でも、音楽に関しては、ちょっと違うのではないか。音楽の授業でやったことが、ぼくたちがいま「音楽」を聴いて(あるいは演奏して)楽しむことの「基礎」になっているようには、あんまり思えない……。じゃあ、いったい、そこでは何を「音楽」として教えているんだろうか?

 ごちゃごちゃ考えていても仕方がないので、ここは実際に、現物に当たってみるのが一番早い、ということで、地元・横浜市に設置されている「教科書センター」にとりあえず行ってみました。別に「教科書センター」といっても、なにか特別な建物があるわけではありません。各市町村の公立図書館のいくつかが、そのように指定されて、これまで検定を受けた教科書を閲覧可能な状態で収集しているということで、要するに、ぼくが普段お世話になっている横浜中央図書館に自転車で行ってみただけなのでした。

 四階の(横浜中央図書館は地下一階、地上五階まであるのです! たぶん、国会図書館に次ぐ広さなのではないでしょうか)社会科学部門の片隅に、ちゃんと開架の状態でさまざまな教科書が収められてありました。音楽の教科書も数種類、出版社別に揃っています。教師用のマニュアルや辞典、指導のガイドラインを示す「指導要領」の解説などもありました。

 適当にみつくろって貸し出してもらい、家に帰ってゆっくりと、ときどきネットで検索などをかけながら読んでみます。

 学校関係の調べ物で検索をかけると、まず最初に出てくるのはやはり「文部科学省」(http://www.mext.go.jp/)のサイトです。このサイトに乗っている情報の、教科書をめぐる公式の記録だけでも膨大なものなのですが、メモを取りながらチビチビ読んでいるうちに、平成という時代には--これは「音楽」の教科だけに限った話ではありませんが--すくなくとも二回、「学習指導要領」に大きな変更があることがわかりました。それ以外にも、平成期には、さまざまなかたちで、ちょっとずつ「音楽の授業」の内容には改訂が加えられている。その結果、三十年の最初と最後では、かなり「音楽の教科書」で扱う「音楽」の内容が変わってきているのです。

■大谷能生(おおたに よしお)

 音楽と批評。ミュージシャンとしてジャズを中心に、さまざまなバンドやセッションで活動。著作としては『平成日本の音楽の教科書』、『ジャズと自由は手をとって(地獄に)行く』、『東京大学のアルバート・アイラー』(菊地成孔との共著)、『日本ジャズの誕生』(瀬川昌久との共著)、『身体と言葉』(山縣太一との共著)など多数。

岡田智代×大谷能生『カシオペアの背中』出演、音楽 6月28日(金)~30日(日)

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