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米中対立とダライ・ラマの訪日

 米国と中国の「新冷戦」が一段と先鋭化している。パプアニューギニアの首都、ポートモレスビーで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)は米中が激突して、恒例の首脳宣言を採択できなかった。

 そんななか、インド亡命中のチベット仏教最高指導者、ダライ・ラマ14世が2年ぶりに来日し、国会内で講演した。今回の訪日と講演は、中国に対する日本の毅然(きぜん)とした姿勢を世界に示すうえで「絶妙のタイミング」だ。中国は「日本の抱き込みは無理」と悟っただろう。

 APECで対決したのは、マイク・ペンス米副大統領と、中国の習近平国家主席である。ペンス氏は、インド太平洋諸国に対する最大600億ドル(約6兆8000億円)の支援を表明するとともに、中国を念頭に「権威主義と攻撃的行動は、自由で開かれたインド太平洋地域で居場所がない」と厳しく批判した。

 これに対して、習氏も米国を念頭に「(巨大経済圏構想)『一帯一路』は、誰かがあれこれ言っているような罠(わな)ではない」と反論した。

 双方が激しい応酬を繰り広げたうえ、最終的に会議は不公正貿易慣行に対する世界貿易機関(WTO)の罰則強化をめぐって合意できず、首脳宣言の採択が見送られてしまった。中国と本気で対決する米国の覚悟を世界に見せつけた形だ。

 一部のマスコミは、「日本は米中対決の橋渡しを期待されている」などと解説しているが、ダライ・ラマの訪日は、そんな暢気な期待を打ち砕く。

 なぜかと言えば、ペンス氏こそが中国の仏教徒弾圧を非難してきた代表格であるからだ。それは、いまや米国の冷戦開始宣言として有名になった10月4日の演説にも表れていた。

 ペンス氏は演説で「中国の弾圧に抗議して、過去10年間に150人以上ものチベット仏教徒が焼身自殺を遂げた」と指摘したうえで、「歴史は、自国民を弾圧する国はそこで止まらないことを示している。影響力を世界に拡大しようとするのだ」と語っていた。

 それと、まったく同じ趣旨が、APECでの演説にも盛り込まれていた。ペンス氏は「自国民の権利を拒む政府は、隣国の権利をやたらと侵害する」と述べたのである。これはもちろん、中国の南シナ海や東シナ海における無法と軍事的脅迫行為を指している。

 日中首脳会談とAPECの直後に、迫害されたチベット仏教の最高指導者を日本が受け入れた事実は、日本がペンス氏とともに「迫害者の側」に寄り添っていることを示している。これは外交上のサインとみるべきではないか。

 ちなみに、国会内の講演に招いた「日本チベット国会議員連盟」の会長は安倍晋三首相の側近、下村博文元文科相である。

 ペンス氏は10月の演説で、チベット仏教徒だけでなく、キリスト教徒や新疆ウイグル地区のイスラム教徒に対する弾圧についても非難していた。ペンス氏自身は「妻以外の女性とは1対1で食事しない」という逸話があるほど、敬虔(けいけん)なキリスト教福音派の信者である。

 APECのメーンテーマが貿易問題だからといって、米中対立を単なる貿易戦争と捉えていては、本質を見誤る。これは自由と民主主義、人権、法の支配、市場経済といった「国家の理念」をかけた戦いなのだ。

 ■長谷川幸洋(はせがわ・ゆきひろ) ジャーナリスト。1953年、千葉県生まれ。慶大経済卒、ジョンズホプキンス大学大学院(SAIS)修了。政治や経済、外交・安全保障の問題について、独自情報に基づく解説に定評がある。政府の規制改革推進会議委員などの公職も務める。著書『日本国の正体 政治家・官僚・メディア-本当の権力者は誰か』(講談社)で山本七平賞受賞。最新刊に『ケント&幸洋の大放言!』(ビジネス社)がある。

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