zakzak

記事詳細

「護憲派」はディベートで勝てない 「9条があるおかげで…」迷信に洗脳された人々

 私は高校時代、ディベート部(弁論部)に所属していた。そこで、「討論が仕事」の職業が自分に向いていると確信した。それがカリフォルニア州弁護士になった理由の1つである。若いころから討論が大好きなのだ。

 だが、日本人で討論が好きな人は少数派だろう。将棋や囲碁、オセロなどの知的ゲームの愛好家は多くても、討論自体を知的ゲームとして楽しむ習慣や風習が、日本には根付いていない。

 米国の中学生は「競技ディベート」を授業で学ぶ。1つの公的な主題に対して、肯定側と否定側に分かれて討論し、どちらの主張に説得力があったかを、第三者が勝敗を決める。いずれの立場で主張するかはクジで決まるので、全員が両方の主張を考える必要がある。

 個人的感情や意見と切り離し、事実と論理に基づいて主張を組み立てる。論理的思考力が身に付くし、信じてもいない考えを人前で発表する体験は、舞台俳優になったみたいで面白かった。

 私は、憲法改正に関する「護憲派」の考えを、どうすれば説得力を持って主張できるのか考えることがある。結果、競技ディベートで「護憲派」の立場になったら、私は自分のクジ運を呪う。

 まず、憲法第96条は《この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない》から始まる改正条項である。

 無条件の改憲反対は、「96条の存在を無視しろ」という主張に等しい。「護憲派」として完全な自己矛盾である。

 そのうえ、日本の主権が制限された占領中に、GHQ(連合国軍総司令部)がハーグ陸戦条約を無視して草案を書いた憲法を絶対に変えない姿勢は、「究極の対米追従主義者」と突っ込まれる。

 中華人民共和国(PRC)や、北朝鮮、韓国といった日本を敵視する国々は、日本がまともな国になっては困るので、憲法第9条を「自国の国益のために利用すること」しか考えない。

 「憲法第9条が戦後の日本の平和を守った」「9条があるおかげで戦争に巻き込まれない」という主張は、戦時中に「日本は神の国だから戦争に負けない」と信じた軍国主義者と同じであり、迷信に洗脳された人々だと指摘される。

 そもそも、国内から邦人を拉致されたまま、大半を取り返せない日本が「平和」というのは詭弁(きべん)である。拉致被害者と、ご家族の心情を考えない自分勝手さは厳しく批判されるだろう。

 思考実験を繰り返したが、「護憲派」の主張には事実と論理が存在せず、討論したら絶対に勝てない。それが憲法審議会を先送りする理由だろう。彼らへの忖度(そんたく)には意味がない。

 ■ケント・ギルバート 米カリフォルニア州弁護士、タレント。1952年、米アイダホ州生まれ。71年に初来日。著書に『儒教に支配された中国人・韓国人の悲劇』(講談社+α新書)、『トランプ大統領が嗤う日本人の傾向と対策』(産経新聞出版)、『日本覚醒』(宝島社)など。

関連ニュース

アクセスランキング